【空耳図書館コレクティブ制作メモ2021/02/24】

【コレクティブ制作メモ2021.02.23】

 先日無事に本編朗読が終わり、これから編集作業に入ります。事前に詩をメンバー間で読み比べてみましたが、「声」のテクスチュアや読む速度で作品の印象が驚くほど変わり、あらためて「詩」と「音楽」の関係性にも興味が湧きました。身体の動きがつくとダンスにも近づきます。今回採用となったのはコロナ時代の「今」も記録した映像です。賢治にも見てもらいたい(笑)。

 映像は基本的に昨夏の東京アートにエールを!『空耳散歩』と同様に映像ロジックではなく、「目できく、耳でみる」サウンドスケープのデザインで編集します。この作業は自分にとっては作曲や録音と同じ感覚なので無理がありません。試しに「映像」として「視覚のみ」で編集したら上手くいきませんでした。これは自分が音楽家であることをあらためて自覚する体験でした。

 そもそも「サウンド/聴覚」と「スケイプ/視覚」が組み合わさった「サウンドスケープ」という共感覚的な思考から世界を捉え直すことは、特に聴覚に偏りがちな音楽の世界にこそ視覚への扉をひらくレッスンにもなると感じでいます。聾者の皆さんから「MVから音楽に興味を持った」というお話もよく伺います。私もそうでしたが幼い頃から聴覚を「訓練」しすぎると、実は世界や人間の捉え方が歪になってしまうのではないかと、サウンドスケープ研究を始めてから気づきました。これは「きく」を問う哲学とも繋がります。

 ちなみに撮影は前回同様に古いiPhone1台です。オープンリールやカセットテープ、そもそもフィルム時代の映画や写真の現場にいたので、視覚や聴覚は解像度が高すぎず、身体感覚から乖離しない道具を模索しています。最近の機材は高性能で便利すぎるというか。。少しの不便さはむしろ創意工夫の喜びにつながります。これはマニアックな楽器の演奏と同じ感覚かもしれませんが。。

 今回はコレクティブのドキュメンタリーとして、昨年12月から始まった「1本の時間の流れ」も意識していきたいです。なぜなら「その先」につながるプロジェクトだからです。朗読動画ではありますが、ちょっと不思議な空耳図書館の「リアルな読書会」の雰囲気が生まれたらいいなと思うのでした。


筆者:ササマユウコ(音楽家・芸術教育デザイン室CONNECT/コネクト代表)

2011年の東日本大震災をきっかけに、サウンドスケープを「耳の哲学」として社会のウチとソトを思考実験しています。空耳図書館、即興カフェのプロデュース、福祉や教育現場でのワークショップ、学会発表や執筆等。
 現在、『コロナ時代の”新しい音楽のかたち”を思考実験する②空耳図書館の活動を中心に』(令和2年文化庁文化芸術活動の継続支援助成)の一環として、宮沢賢治が100年前のスペイン風邪、関東大震災の時代に出版した生前唯一の詩集『心象スケッチ 春と修羅』を題材に「空耳図書館のはるやすみ」を展開中。異世代の音楽、ダンス、美術、研究領域の仲間たちとコレクティブに制作を進め、3月11日に動画公開予定です。