空耳図書館のはるやすみ➀『きこえる?』

空耳図書館のはるやすみ
推薦図書①『きこえる?』
はいじまのぶひこ作 福音館2012

 

 2015年3月に始まった「空耳図書館」の大切なテーマは「きく」ことです。「おんがくしつ」「哲学カフェ」「きのこの時間」、いずれも「きく」ための時間です。今回の推薦図書『きこえる?』も、特に「おんがくしつ」で毎回読み聞かせでご紹介しています。

 「きく」の”かたち”はひとつではありません。空気の振動(オト)をきく、誰かの話す言葉をきく、「花のひらく音」をきく。感覚器官の「耳」だけに限らず、視覚・嗅覚・触覚・味覚、手の平や皮膚、とにかく全身の感覚を研ぎすます│ひらいていく。それは「意識して」世界と関わり直す時間です。実験音楽や即興セッション、哲学対話、森でのきのこ探しも同じです。自分のウチとソトの世界に積極的に触角を伸ばすように世界を「味わう」時間です。

 しかし蓋のない「耳の穴」には日々どんどん音が入ってきます。世界を「味わう」ことは意外と難しいのです。例えば音のない世界を「きく」時は「目」を使います。当たり前に「五感」と言いますが人間の感覚は部品ではありません。全感覚を自分だけのやり方で使っているのです。だから本来「きく」は人それぞれで正解はありません。けれども「きく」を意識した瞬間、今まできこえていなかったちいさな声、音のない世界の存在にも気づくことがあります。

 現在、聾CODA聴では「音のある|ない世界」を行ったり来たりしています。その時間を通して音のない世界の「音楽」や「手話をきく」感覚も生まれていきました。この研究会では(オト)について「言葉」で説明することも多いですが、音の「質感」を説明する時には「口の中の感覚」を使うと伝わりやすいと感じています。「ツルンとしたゼリーのような音」、「ゴツゴツしたおせんべいのような音」。そんな愉快な表現が生まれていきます。五感マイナス1ではなく、聴覚を抜いた4つの感覚を混ぜて大きな〇にして捉えなおすのです。

 ところで、音楽の世界には(サウンドスケープ(音の風景)という言葉があります。これは1970年代にカナダのR.M.シェーファーという音楽家が世界に向けて発表したひとつの「考え方」です。現在「デザイン思考」という言葉が有名ですが、シェーファーは今から半世紀前に、「サウンドスケープ・デザイン」という社会を音からデザインする発想を持っていました。

 この考え方がうまれた20世紀後半は科学が飛躍的に進歩して、自動車やクーラーや電気製品が次々と開発され、人間の生活だけが急激に「便利で快適」になっていった時代でした。一方でアメリカとソ連(現ロシア)は核戦争の危機、世界中の美しい自然は経済のために破壊、農薬や大気汚染や騒音等の深刻な環境問題も起き始めていました。シェーファーは人間のエゴによって調律が狂っていく地球の未来を心配して、音楽教育を生きるための「全的教育」にしたいと願いました。音は光や火や原子力と同じエネルギーですから、音との関わり方や「きく」姿勢を学ぶことで世界を調和できると信じたのです。

 自分の住む部屋、学校、川、街、山、海、空。「きく」をどんどん広げていくと、いつの間にか「宇宙の音楽」に届きます。その音楽にはオトはありませんが、はるか昔の人たちにはきこえていました。そこから天文学だけでなく、哲学や数学や神話や占いなどが生まれていきました。

  偶然かもしれませんが、この絵本『きこえる?』は、まさに「サウンドスケープ」の考え方を美しい絵と文章で見事に表した一冊だと思っています。文字はほとんどありませんが、淡く深い色の世界にさまざまな音がきこえてきます。作者のはいじまのぶひこさんは絵本作家ではなく美術家です。

 心がざわざわ落ち着かない日々が続きますが、この絵本はとても静かな気持ちになれます。2011年の東日本大震災以降、私が最初に出会った大切な絵本です。最後まで読んだらそっと目を閉じて、まず自分の内側の音楽を「きく」ところから始めてみてください。

 ちいさなお子さまと一緒に読む場合はあれこれ音を想像しながら、または実際に音を出しながら読んでみると楽しいです。


ササマユウコ(音楽家・空耳図書館ディレクター)

2000年代にCD6作品を発表。2011年東日本大震災を機にサウンドスケープを「耳の哲学」に社会のウチとソトを思考実験中。上智大学文学部教育学科卒(教育哲学、視聴覚教育)、弘前大学大学院今田匡彦研究室(サウンドスケープ哲学 2011~2013)。町田市教育委員会生涯学習部市民大学担当(2011~2014)。芸術教育デザイン室CONNECT/コネクト代表(2014〜)。