2017年

1月

05日

2017年もどうぞよろしくお願いいたします。

 3か月の準備期間を含め、2014年の6月から第1期(3年間)事業として始まったコネクト活動も、早いもので残すところあと半年となりました。ここからの半年間は、この3年間の活動をふり返りながら、第2期で何をすべきか、コネクトだからこそ出来ることは何かを見極めていきたいと思います。

 芸術家と研究者をつなぎ、都市郊外の暮らしと芸術をつなぐ。さまざまな「つなぐ」を目的にスタートした第1期の活動は、時には目的を越えて広がる「つないだ先」の枝葉を追いかけながら、本当のミッションを探すような時間でした。その中で第一線を走る同世代との出会い、また成長めざましい次世代型の芸術家や研究者たちの取り組みや課題と向き合う真摯で柔軟な姿勢からは、本当に学ぶことが多かったです。

 その中であらためて「芸術とは何か」「アーティストの仕事とは何か」という活動の原点に立ち返る瞬間も多々ありました。芸術家/研究者の双方が言葉にして伝える努力が不可欠であり、それには「哲学的対話」の方法論が非常に有用であることを「哲学カフェ」や学会を通して実感しました。
 さらに芸術祭のような「大きな芸術」ではなく、足元を見つめた「小さな芸術」の力にも注目しています。組織化された公共事業とは違う有機的で柔軟性のあるつながりの中でニッチな役割を担った芸術の存在です。この芸術の「すみわけ」は、今後さらに顕著になることでしょう。指標や目的達成率などの数値評価が難しい多様性のある現場や、ツールではなく「アートそのもの」が生まれるような場も求められます。ただしそこには資金や集客、場の確保、継続性という現実的・物理的な問題が立ちはだかる。「役に立つ=社会性」という「条件付き」ではない助成金や、アーティスト自身のアウトサイダー的な生き方が大らかに許容されるような社会の雰囲気やシステムこそが、アートを役立てる以前の最優先課題とも言えます。それは根底で、芸術家と同様に社会のマイノリティ(少数派)の生き方を考えることにもつながっていきます。現代の制度化された「大きな芸術」はアーティストの適正を選びますし(才能の有無に関係なく)、「小さな芸術」でこそ本領を発揮する芸術性もあるだろうと感じています。例えば社会包摂の媒体となるよりも隔離して守ることで輝く芸術も当然あるはずです。

 そして忘れてならないのは、ここに関わる人たちも含め誰もが年を取り、病気などで心身の不自由を抱える可能性があるということです。高齢化が進む中で多彩な価値観を内包しない仕組みでは、優生思想と結びついた傷ましい事件が再び起こり得る可能性も否定できません。年齢を重ねるほどに生きづらくなる社会に「希望」はあるでしょうか。また反対に、若者が「若さ」を抑えられた社会も何とも重苦しいものです。冒険や失敗も、未完成であることも、モラトリアムも許容されなければなりません。

 芸術の中には「一見して役に立たないこと」「非効率的なこと」に光を当てる役割があります。社会を別の角度から捉え、硬直化した雰囲気に風穴をあける力があります。深刻だと思ってたことを笑いに変えるマジックがある。つまり価値観を反転させる可能性があるのです。娯楽やレクリエーションとの違いは、例えば「楽しかった!」の内側に静かに深く響くような問いかけや発見があることです。人間の割り切れない感情や人生の不条理に寄り添う力があることです。それは即効性がある場合もあれば、何年か後にいきなり芽吹くこともあります。
 芸術の外側で特に誤解が多いのは、ワークショップの現場を担うアーティストが指導者や先生として扱われる場面です。だからと言って一方的にアートを与え、消費される存在でもありません。芸術の内と外、双方向で自発的な場が内側から立ち現れるような時間や関係性をつくる。それはそのまま40年前にシェーファーが提唱した「内側からのサウンドスケープ・デザイン」という世界の在り方と共通します。その一方で、例えば生きづらさを抱えた人たち(芸術家も含む)が自らと向き合う中で個人的な作品を生む。’芸術する’という行為の中で魂が救われ、その作品を中心点として共感や理解の輪が広がっていくこともあります。芸術によって築かれる関係性もまた、芸術の特性と相まって多様だということです。

 

 「芸術教育デザイン室」という少し長めの’枕詞’は、活動内容を一言で説明するために詰め込んだキャッチコピーです。しかし次期の活動では別の枕詞か、外す方向で検討しています。しかし設立目的②である「情報発信」にはいつも多くの反響を頂いており、芸術や研究の内側の動向を伝え、中立的な批評を試みることはコネクトで継続すべき活動のひとつと考えています。一方で2016年の活動は、代表ササマユウコの個人的な人脈もさまざまにリンクしていきました。「批評」の立場をとる場合には、個人的なつながりは足枷にもなり兼ねませんが、内側の掬い上げるべき「ヒト、コト、モノ」は、許される限り伝えていきたいと考えています。

 

 2011年の震災からもうすぐ6年を迎えようとしています。コネクトはこの震災時に社会を覆った「想定外」という言葉に衝撃を受け、芸術や教育の「在り方」を耳の哲学から問い直す研究の末に実践・考察の場として始めました。もっと言えば、「音を出す理由」を見失ったひとりの音楽家の、個人的な人生の葛藤、世界との「つながり直し」から始まりました。この3年間の活動(出会い)から筆者自身は失った音を内側から取り戻しました。もう二度と音は出せないと思っていましたので、「気づいたら取り戻していた」というのが本当のところです。何が自らを動かしたのか。この活動そのものが原動力を秘めた「関係性の芸術(リレーショナル・アート)」だったとも言えますし、活動に「サウンドスケープ」の世界の捉え方を応用したことが功を奏したとも言えます。

 2011年以降、社会が求めていた芸術の「質感」が、昨年あたりから微妙に変化してきたと感じています。それは「社会そのものが変化した」と言い換えることが出来そうです。その変化のひとつには、2020年のオリンピック・パラリンピック文化政策の延長線上として、芸術に「わかりやすいかたち」が求められていることでしょう。社会的インパクトのある「大きな芸術」に評価の軸足が移りつつある。一方で草の根的な公共事業では芸術家個人の「顔」が外され、何かの’役に立つはず’の「アート」が一般的な「職能」と同様に扱われるような「二極化」が起きているとも言えます。

 しかしコネクトが注目する「小さな芸術」は、このどちらでもありません。’社会的インパクト’は芸術の「本質」を見極める判断材料ではないと考えています。アーティストが「期待に応える」ことはもちろん大事ですが、その芸術が何と、誰とつながっているのか、時には歴史をふり返りながら糸を手繰り寄せてみることも大切です。

 芸術とは何か。内と外をつなぐ柔らかな関係性とは何か。「耳の哲学」から世界とつながった次は、自らの音や身体を通してより実践的に考えていきたいと思います。

 2017年1月5日 ササマユウコ