2017年

4月

14日

「東京ろう映画祭」に参加して。

 世界から音を消した時に、豊かな音風景がきこえてくる。「東京ろう映画祭」大盛況でした!貴重なフランスのドキュメンタリー『音のない世界で』『新・音のない世界で』を観ることが出来て本当によかった。関連企画の井上考治写真展、神津裕幸(DAKEI)個展には「間 あわい」の芸術への新しい発見がありました。きこえること、音を出すことの「当たり前」を疑ってみる。異文化の交差点、言語と身体、社会や教育の問題、世界の調和とは何かを考える映画祭でした。

 そしてゼロから映画祭を立ち上げた実行委員中心メンバー(牧原依里さん、諸星春那さん)に脱帽です。何を隠そう第1回東京国際映画祭で悪戦苦闘した経験があるので、映画祭舞台裏の苦労は計り知れません。これだけのプログラムを実施するにあたり、準備は相当の仕事量だったと思うのですが、、そんな苦労は微塵も見せず、晴れやかなフィナーレでした。若いって素晴らしい!

【追記】今回特に興味深かったのは、最終日の二本のドキュメンタリーから、フランスの「手話」を取り巻く社会事情と差別の歴史、そこから現在に続く「時の流れ」があぶり出されたことでした。昨今は人工内耳の手術が増加し、教育現場もかつての「口話法」に戻る動きがあるという。手話と口語の’バイリンガル教育’の対象となる子どもは、フランス国内で16000人いるのに対して約150人しか受けられていません。どうして社会や聾者自身が「手話」を遠ざけるのか。その原因は複雑だと思いますが、この1年『LISTEN』チームとの出会いを通して理解したのは、手話は「言語」であるということです(牧原監督によれば『LISTEN』では、最近の若い聾者が苦手とする「非言語の手話」のニュアンスも描かれているということです)。
 つまり手話を使う聾者は(フランスに限らず)、その国の主要な音声言語とは文化圏が微妙に違う、彼らオリジナルの文化を持つということです。そのことを多様性=豊かさと感じられる社会かどうか。それは他の社会的マイノリティの問題、異文化理解と同質の難しさや複雑さを抱えていると思いました。例えば、社会との関係だけでなく、親か子の一方が聾者の場合、親子間の言語や文化が違うことで相互理解が難しくなる。関係性の構築に「障害」が生まれるのです。特殊な例かもしれませんが、聾の親が「我が子も聾だったら・・・」とつぶやく場面が印象的でした。これは耳がきこえないことそのものが問題ではないということです(実際に映画には「自分は障害を感じたことが無い、周囲がそう決めたことだ」という生まれながらの聾者も登場します)。ただ中途障害者はまた事情が違うと思いますし、だからこそ複雑さがある。
 日本は超高齢化社会を迎えています。聴者であった80歳近い私の母も、今は補聴器なしでは会話が成立しません。耳だけではなく、五感や身体機能は加齢とともに変化するのが自然です。だから私も例外ではありません。誰もが暮らしやすい社会の姿を想像したとき、「障害」の軸足がどこにあるのか、その言葉ははたして「適切」なのか。そこから考えてみる必要があると思いました。

 そして少なくとも芸術の世界では、心身のハンディを抱えた本人がそのことを「不自由」としていない限りは、そこを例えば「障害があるのに凄い」というような視点で語ることこそが傲慢だし差別ではないかと感じるのです。作品や表現の「内側の声」、その普遍性に耳をすますことで分かり合うことは出来ないか。それはすべての人たちに共通する課題です。もちろん異論のある方はいらっしゃるでしょう。しかしコネクトでは「芸術の下では誰もが平等である」という理念から、今後も多様性のある芸術活動、人間の可能性を紹介していこうと思うのでした。(ササマユウコ記)

2017年

4月

04日

新年度のご挨拶

 準備期間も含めると2014年6月からスタートした’コネクト活動’の第1期も残り2カ月となりました。ふり返ればあっという間の3年間でしたが、本当に様々な出会いに恵まれ、何よりもまず私自身が学びの多い3年間となりました。また同時に「つなげること」から生まれる摩擦や葛藤、思考や方法論、つまりは「言葉」の違いにも気づき、「想い」が絡み合い一筋縄ではいかない芸術特有の難しさも感じました。

 主な活動としては設立当初の目的である①芸術家と研究者(大学)のネットワーク構築②情報発信③場づくりを3本柱に、相模原市、町田市を中心とした「都市郊外の暮らしと芸術」のリサーチ活動を展開してきましたが、1年も経たないうちに活動は国内外や世代を越えた広がりもみせました。せっかくの広がりを目的内に押しとどめることなく、流れに身を任せてみようという柔らかさも忘れないようにしました。

 キーワードである「コネクト(つなぐ、つながる、つなげる)」には、領域や専門を越えた人と人、人と場が出会うことから生まれる「間」を求めました。活動にはカナダの作曲家M.シェーファーが提唱したサウンドスケープ論を「内と外の関係性の哲学」と捉え直し、応用していきました。シェーファーの著書『世界の調律~サウンドスケープとは何か』(平凡社)の中には、サウンドスケープ論が「社会福祉」にもひらかれるだろうと示唆されていたことを実践してみようと思ったからです。簡単に言えば、人と人の出会いや場づくりを「音の風景」をデザインするように編んでいくのです。ですから、コネクトの活動そのものは、やはり「音楽活動」であるという意識がありました。この「音を出さない3年間の音楽活動」をふり返りながら、現在第二期に向けた「課題と展望」を言葉に変えている最中です。

 第一期の後半からキャッチフレーズを抽象的に「つなぐ、ひらく、考える」としました。もちろんそこには設立当初の目的も含まれるのですが、活動は「まちづくり」や「ワークショップ企画」’そのもの’ではなく、あくまでもその活動から見えてくる事象を考察する(考える)方に軸足があると感じたからです。ですから要なのはやはり「言葉」です。その言葉からも音風景を編んでいくのです。
 特に最近は、若い芸術家の活動に「世代交代」を強く意識する場面が増えました。同時に言葉にして下の世代に伝え残さなければならないことが、自身の経験にも沢山あることを自覚しています。社会の空気からどんどん昭和の記憶が消え始め、この国の芸術や教育の歴史を共有できなくなったと感じる場面も増えました。本来は教育や芸術にこそ不可欠な知識の学び、かたちだけではない根源的な五感や身体感覚の経験も必要だと感じます。芸術の内と外、どちらの世界に対しても「学ぶ場」の必要性を感じているところです。
 申請が無事に通り、6月からの第2期が実現可能となりましたら、またあらためてご報告いたします。3年間の事業報告もご希望の方がいらっしゃいましらたメールにてお問合せください。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

(芸術教育デザイン室CONNECT/コネクト代表 ササマユウコ)

2017年

3月

26日

空耳図書館のはるやすみ③を開催しました。

コネクト第一期3年間の事業として3回(実質7回+スピンオフ2回)にわたって開催した「空耳図書館のはるやすみ」。

今年もうららかな春分の日に、おやこの皆さんとご一緒に「ちょっと不思議な読書会」を開催いたしました。ご参加頂いた皆様、ありがとうございました。
◎当日の活動記録はこちらからご覧いただけます。

 

このプロジェクトは即興性と柔軟性を大切にしたアーティスト同志のネットワーク構築も目的としており、そこからクリエイティブ・ユニットaotenjoが誕生したことも収穫でした。今後も彼らの活動を応援するとともに、引き続き「空耳図書館」という緩やかな輪の一員としてつながって頂けたらと思っています。また絵本や即興、子どもに興味のある若い世代のアーティストにも門戸をひらいていきたいと思っています。
 何より絵本を入り口とした芸術世界への豊かな可能性に気づけたことが、大きな成果だったと思います。今後とも移動遊園地のような「空耳図書館」をどうぞよろしくお願いいたします。(空耳図書館ディレクター:ササマユウコ)

2017年

3月

21日

「境界」を考える

●先週は秋葉原で、「境界」について思いを巡らせるふたつの場が提示されました。
 ひとつは「東京ろう映画祭」関連企画として、昨年の話題映画『LISTEN』共同監督・雫境こと神津裕幸さんの個展『紫窓~SHI・SOU』(@Art Lab AKIBA)。東京藝術大学で美術を学んだ神津氏は学生時代から「境界」をテーマに作品を制作し、今回は『LISTEN』からインスパイアされたビデオインスタレーションで「内と外」の’間’を提示しました。窓枠装置の両側から、揺れるレースのカーテン越しに移り変わる赤と青の風景が映し出されていきます。同じ映像のはずなのにふたつの世界の印象はまったく違う。どちらが内でどちらが外なのか。その相反するふたつの世界の「あいだ」に置かれた小さな窓枠の存在に気づく時、そこに作家からのメッセージを発見するのです。
 世界の仕組みはとても複雑ですが、関係性の本質はシンプルです。個展タイトルにある「紫窓」とは赤と青の二項対立として世界を捉えるのではなく、その’境界=間’に目を向けることを示唆しています。壁や線で分断するのではなく、境を流れる川のような境界の’幅’を意識すること。時にはその川に橋を架けて、相手の世界からこちら側を眺めてみること。赤だと思っていた風景が青に変わる瞬間。あらためて自分の世界は自分の窓枠から見える風景の一部にすぎないと思うのです。「あわい(間)」という言葉を思い出す。世界が重なり合うその曖昧な境界の部分に淡い紫色の水彩が滲みだす。分断されていると思い込んでいた世界の境界線が、実はグラデーションの帯であったと気づくのです。
 時おりJR高架の電車音が会場内を通り過ぎていく。作家自身には届かないその音が映像の「ゆらぎ」とシンクロするとき、視覚が聴覚と重なって、きこえない/きこえるの境界が消えていくように紫色の世界へとつながっていく。まさに、あわい(間)の橋を渡るような感覚に包まれるのでした。 ※関連サイト「東京ろう映画祭」→

●夜は東京アーツカウンシル(@アーツ千代田3331)で開催された東京迂回路研究JOURNAL③発行記念イベント「生き抜くための‘迂回路’をめぐって」の第2部に参加しました。今回のJOURNAL執筆者のひとりであること、2部のトークセッションにカプカプ所長・鈴木励慈さんが登壇されたことが、足を運んだ理由です。イベントの詳細については専用サイトをご覧頂ければと思います。ここでは、このプロジェクトについて少しご紹介します。

 「東京迂回路研究」は「NPO法人多様性と境界に関する対話と表現の研究所」が東京アーツカウンシル助成の共催事業として展開したプロジェクト。芸術、哲学系の若手研究者たちによって「社会における人々の「多様性」と「境界」の諸問題に対して調査・研究・対話を通じて’生き抜くための技法’としての「迂回路」を探求する」(抜粋)ことを目的に3年間にわたって展開されました。先の見えない今の時代を柔らかく真摯に生きるための「知恵」を探す旅のように進んでいく、とてもユニークなプロジェクトだったと思います。対話の場や研究会は医療・福祉・ケア・芸術(アート)・社会等を学際的につなぎ、しかし日常や街とも確かに地続きにあって、アカデミックすぎずニュートラルで民主的にひらかれた雰囲気にも包まれていました。研究者たちの専門である臨床哲学の対話や音楽療法の手法、芸術が場の根幹づくりに上手くいかされていたと思います。
 例えば今回のように福祉の関係者が登壇するトーク・セッションでも、いわゆる「福祉系」の勉強会とは趣が違い、主眼はあくまでも「迂回路=柔らかく生きること」にありました。社会のさまざまな「境界」が、参加者同士のざっくばらんな対話の中でいつの間にか淡くなる瞬間がたち現れ、それこそが「迂回路」の道しるべとなる。3年間のプロジェクトと併行してメンバー自身も変化しながら、研究調査がそれぞれの窓枠を広げていくような、それを参加者も共有するような旅だったと思います。
 研究と生活をつなげることは、芸術と生活をつなげるのと同種の困難さを抱えます。専門性を深めれば自分の生活が置き去りに、高みに着けば今度は「誰のためか」と自問する。まず生き抜かなくてはならないのは、他でもない自分自身の人生。研究や芸術を取り巻く環境が狭められていく中で、いかにして「迂回路」を見つけていくか。当事者としても生きている限り常に考えていかなければいけないテーマだと思うのでした。
 多様性や境界をしなやかに受け入れ、柔らかく生きる知恵としての「迂回路」探求。これからも人生に寄り添いながら、臨機応変にかたちを変えながら、さまざまな角度から新しい視点を投げかけてくれるだろうと期待しています。(ササマユウコ記)

●こちらは少し前になりますが、「東京ろう映画祭」の関連企画『音のない記憶~井上孝治展』(@渋谷アツコ・バルー)です。

 いわゆる「決定的瞬間」を一枚のフィルムに収めた昭和のスナップ写真を見るのは久しぶりでした。きこえない作家が全身全霊で切り取った「渾身の一枚」は、見る者の心に深く染み入ります。戦後の平和をかみしめるような、子どもたちの元気な姿やユーモラスな一瞬からは、昭和30年代の暮らしの音風景が聞こえてくるようでした。第二期『1959年沖縄の空の下で』も開催されますので詳細はこちらをご覧ください。

2017年

3月

07日

「東京ろう映画祭」のご案内

4月7日~9日、世界中のろう者の映画と、日本語字幕での初上映の邦画を紹介する「東京ろう映画祭」が開催されます。音のない世界に耳をすますことで、何がきこえてくるのか。きこえる/きこえないの境界線を越えながら、あたらしい音風景を発見する機会です。
◎現在前売り発売中詳細はこちら→東京ろう映画祭サイト http://tdf.tokyo/

※この映画祭に先だっての関連企画のご紹介です。戦後の街の風景や市井の人々を撮り続けた、ろうの写真家・井上考治の写真展をはじめ、昨年ろう者の音楽を描いて話題になった『LISTEN』の共同監督・雫境(DAKEI)さんのもうひとつの顔である美術作家・神津裕幸としての個展開催されます。

2017年

2月

17日

【満員御礼】第3回「空耳図書館のはるやすみ」

【定員に達しました】ご応募ありがとうございました♪
今年もやってきました!ちょっと不思議な読書会『空耳図書館のはるやすみ~おやこのじかん』の季節です。今年のテーマは「はるのはじまり、いのちのたまご」。インドの工房で一冊づつ手作りされている絵本『世界のはじまり』を参考図書に、aotenjoのおふたりと共に自由に絵本の世界を飛び出し、旅したいと思います。

受付は専用メールにて、2月20日(月)の朝10時から。詳細はこちらのサイトをご覧ください。赤ちゃんパパママ大歓迎、無料です♪
(平成28年度子どもゆめ基金助成事業・読書活動)。
◎空耳図書館サイト http://soramimiwork.jimdo.com/

2017年

1月

30日

かんじる学校特別編「星空えほん会」@相模原市立博物館~プラネタリウムの可能性とともに

 1月28日に相模原市立博物館・プラネタリウムで開催された『かんじる学校 特別編「星空えほん会」』にお邪魔しました(主催:公益財団法人相模原市民文化財団/相模原市立博物館(相模原市教育委員会))。

 出演は劇団「ク・ナウカ」やSPAC(静岡芸術センター)の仕事でも知られる舞台音楽家・棚川寛子さん、平田オリザ氏が主宰する劇団青年団の看板俳優・松田弘子さん、SPACの若手俳優・加藤幸夫さん、森山冬子さんという豪華メンバー。舞台上には棚川さんらしい素朴な音の楽器が並べられ、絵本の内容にちなんだ楽しい歌や松田さんオリジナルのダンスも披露され、開演前から会場の子どもたちを巻き込みながら、心温まる「絵本の朗読会」が繰り広げられました。

 この日選ばれた二冊の絵本は『よるです』(作・絵:ザ・キャビンカンパニー 偕成社)と、『よるのかえりみち』(作・絵:みやこしあきこ 偕成社)。途中に『ほしめぐりのうた』(作詞・作曲:宮沢賢治)をはさみながら、それぞれの絵本の世界を「目」と「耳」の両方で楽しむような演出でした。会場のプラネタリウムは客席が階段状で劇場のようでしたし、朗読会の枠を自由に飛び越えた「絵本を使った小さな舞台作品」だったと思います。ほどよく肩の力が抜けた自然体のステージは、日ごろ第一線の舞台で活躍する舞台人の「アート」だったことは言うまでもありません。
 同時に会場内には十分なスタッフが配置され、暗がりでも安心して過ごせるような声かけや気配りがあり、低学年の子どもだけでもリラックスして過ごせる雰囲気に包まれていました。終演後にはステージ上の楽器に子どもたちの輪がうまれ、楽器体験や出演者との交流も楽しんでいました。
 子どものみ定員100名で土曜日午前のプログラムが満席だったことは、正直驚きでもありました。相模原には日ごろからJAXAを通して宇宙やプラネタリウムに親しむ下地はあるのかもしれませんが、今回はそこから舞台芸術の世界にも視野がひろがる機会になったとしたら、そこには新しい芸術体験や学びの可能性を感じます。

照明を落とした本番中の記録写真は撮影不可。こちらは開演前の様子。@相模原市立博物館プラネタリウム
照明を落とした本番中の記録写真は撮影不可。こちらは開演前の様子。@相模原市立博物館プラネタリウム

 意外と知られていませんが、プラネタリウムは「教育施設」として各自治体に設置されている場合も多く、各地でさまざまなプログラムが試みられています。星空が見えない都内23区には、かつてすべての区にプラネタリウムがあったとききますし、自治体の教育施設のみならず、民間の娯楽系施設のプログラムにもまた別の魅力があります。
 もちろん設備の新旧や運営方法の違いはありますが、たとえ最新設備ではなくても工夫が凝らされた良質なプログラムは多々あります。施設よりずっと簡素なドーム型の移動式プラネタリウムでも、アットホームで特別な星空時間が体験できます。

 今回のプラネタリウムは教育施設でしたから、朗読ステージの前に専門ガイドによる星空解説の時間が設けられました。ただし授業のようなガイドではなく、客席の子どもたちとの楽しいやりとりを通して、自分たちの暮らす街の夜空へ、大きな宇宙へと想像力を広げ、冬の星座に自然と興味が持てるような内容になっていました。日常から非日常へ。それこそが芸術体験だと、その後に続くアーティストのステージとともに、子どもたちも無意識のうちに感じることができたのではないでしょうか。
 有名なギリシャの星座をはじめ、人類は古代から星空に思いを馳せてきました。西洋音楽の出発点とも言える「天体の音楽(ムジカ・ムンダーナ)」、「天から差す光」に例えられる雅楽の笙、インドや中国など世界に無数に存在するであろう星物語など、芸術と宇宙、人間と宇宙は切っても切り離せない存在でした。本来は音楽と科学は同じ領域にある学問でしたし、いまこうして生活している時間も、太陽や月や星、宇宙の動きとつながっています。それがいつの間にか科学と芸術が切り離されてしまう。それは学校の教育現場でも同様です。だからこそプラネタリウムには「芸術と科学」を再びつなげる役割をはじめ、多様な可能性が内在していると感じます。気づくと平面的になりがちな日常の「視点や時間」をダイナミックに変えられる場は、子どものみならず、大人にも必要とされるかもしれません。お近くのプラネタリウムにもぜひ注目してみてください。今回のように、劇場とはひと味違う素敵な芸術に出会える可能性もありますよ。
 もちろん本物の星空もお忘れなく。(ササマユウコ記)

●相模原市民文化財団 さがみはらキッズプログラムサイト 「にんにん島」→

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2017年

1月

05日

2017年もどうぞよろしくお願いいたします。

 3か月の準備期間を含め、2014年の6月から第1期(3年間)事業として始まったコネクト活動も、早いもので残すところあと半年となりました。ここからの半年間は、この3年間の活動をふり返りながら、第2期で何をすべきか、コネクトだからこそ出来ることは何かを見極めていきたいと思います。

 芸術家と研究者をつなぎ、都市郊外の暮らしと芸術をつなぐ。さまざまな「つなぐ」を目的にスタートした第1期の活動は、時には目的を越えて広がる「つないだ先」の枝葉を追いかけながら、本当のミッションを探すような時間でした。その中で第一線を走る同世代との出会い、また成長めざましい次世代型の芸術家や研究者たちの取り組みや課題と向き合う真摯で柔軟な姿勢からは、本当に学ぶことが多かったです。

 その中であらためて「芸術とは何か」「アーティストの仕事とは何か」という活動の原点に立ち返る瞬間も多々ありました。芸術家/研究者の双方が言葉にして伝える努力が不可欠であり、それには「哲学的対話」の方法論が非常に有用であることを「哲学カフェ」や学会を通して実感しました。
 さらに芸術祭のような「大きな芸術」ではなく、足元を見つめた「小さな芸術」の力にも注目しています。組織化された公共事業とは違う有機的で柔軟性のあるつながりの中でニッチな役割を担った芸術の存在です。この芸術の「すみわけ」は、今後さらに顕著になることでしょう。指標や目的達成率などの数値評価が難しい多様性のある現場や、ツールではなく「アートそのもの」が生まれるような場も求められます。ただしそこには資金や集客、場の確保、継続性という現実的・物理的な問題が立ちはだかる。「役に立つ=社会性」という「条件付き」ではない助成金や、アーティスト自身のアウトサイダー的な生き方が大らかに許容されるような社会の雰囲気やシステムこそが、アートを役立てる以前の最優先課題とも言えます。それは根底で、芸術家と同様に社会のマイノリティ(少数派)の生き方を考えることにもつながっていきます。現代の制度化された「大きな芸術」はアーティストの適正を選びますし(才能の有無に関係なく)、「小さな芸術」でこそ本領を発揮する芸術性もあるだろうと感じています。例えば社会包摂の媒体となるよりも隔離して守ることで輝く芸術も当然あるはずです。

 そして忘れてならないのは、ここに関わる人たちも含め誰もが年を取り、病気などで心身の不自由を抱える可能性があるということです。高齢化が進む中で多彩な価値観を内包しない仕組みでは、優生思想と結びついた傷ましい事件が再び起こり得る可能性も否定できません。年齢を重ねるほどに生きづらくなる社会に「希望」はあるでしょうか。また反対に、若者が「若さ」を抑えられた社会も何とも重苦しいものです。冒険や失敗も、未完成であることも、モラトリアムも許容されなければなりません。

 芸術の中には「一見して役に立たないこと」「非効率的なこと」に光を当てる役割があります。社会を別の角度から捉え、硬直化した雰囲気に風穴をあける力があります。深刻だと思ってたことを笑いに変えるマジックがある。つまり価値観を反転させる可能性があるのです。娯楽やレクリエーションとの違いは、例えば「楽しかった!」の内側に静かに深く響くような問いかけや発見があることです。人間の割り切れない感情や人生の不条理に寄り添う力があることです。それは即効性がある場合もあれば、何年か後にいきなり芽吹くこともあります。
 芸術の外側で特に誤解が多いのは、ワークショップの現場を担うアーティストが指導者や先生として扱われる場面です。だからと言って一方的にアートを与え、消費される存在でもありません。芸術の内と外、双方向で自発的な場が内側から立ち現れるような時間や関係性をつくる。それはそのまま40年前にシェーファーが提唱した「内側からのサウンドスケープ・デザイン」という世界の在り方と共通します。その一方で、例えば生きづらさを抱えた人たち(芸術家も含む)が自らと向き合う中で個人的な作品を生む。’芸術する’という行為の中で魂が救われ、その作品を中心点として共感や理解の輪が広がっていくこともあります。芸術によって築かれる関係性もまた、芸術の特性と相まって多様だということです。

 

 「芸術教育デザイン室」という少し長めの’枕詞’は、活動内容を一言で説明するために詰め込んだキャッチコピーです。しかし次期の活動では別の枕詞か、外す方向で検討しています。しかし設立目的②である「情報発信」にはいつも多くの反響を頂いており、芸術や研究の内側の動向を伝え、中立的な批評を試みることはコネクトで継続すべき活動のひとつと考えています。一方で2016年の活動は、代表ササマユウコの個人的な人脈もさまざまにリンクしていきました。「批評」の立場をとる場合には、個人的なつながりは足枷にもなり兼ねませんが、内側の掬い上げるべき「ヒト、コト、モノ」は、許される限り伝えていきたいと考えています。

 

 2011年の震災からもうすぐ6年を迎えようとしています。コネクトはこの震災時に社会を覆った「想定外」という言葉に衝撃を受け、芸術や教育の「在り方」を耳の哲学から問い直す研究の末に実践・考察の場として始めました。もっと言えば、「音を出す理由」を見失ったひとりの音楽家の、個人的な人生の葛藤、世界との「つながり直し」から始まりました。この3年間の活動(出会い)から筆者自身は失った音を内側から取り戻しました。もう二度と音は出せないと思っていましたので、「気づいたら取り戻していた」というのが本当のところです。何が自らを動かしたのか。この活動そのものが原動力を秘めた「関係性の芸術(リレーショナル・アート)」だったとも言えますし、活動に「サウンドスケープ」の世界の捉え方を応用したことが功を奏したとも言えます。

 2011年以降、社会が求めていた芸術の「質感」が、昨年あたりから微妙に変化してきたと感じています。それは「社会そのものが変化した」と言い換えることが出来そうです。その変化のひとつには、2020年のオリンピック・パラリンピック文化政策の延長線上として、芸術に「わかりやすいかたち」が求められていることでしょう。社会的インパクトのある「大きな芸術」に評価の軸足が移りつつある。一方で草の根的な公共事業では芸術家個人の「顔」が外され、何かの’役に立つはず’の「アート」が一般的な「職能」と同様に扱われるような「二極化」が起きているとも言えます。

 しかしコネクトが注目する「小さな芸術」は、このどちらでもありません。’社会的インパクト’は芸術の「本質」を見極める判断材料ではないと考えています。アーティストが「期待に応える」ことはもちろん大事ですが、その芸術が何と、誰とつながっているのか、時には歴史をふり返りながら糸を手繰り寄せてみることも大切です。

 芸術とは何か。内と外をつなぐ柔らかな関係性とは何か。「耳の哲学」から世界とつながった次は、自らの音や身体を通してより実践的に考えていきたいと思います。

 2017年1月5日 ササマユウコ