川崎市立岡本太郎美術館「岡本太郎が愛した沖縄」展ほか

美術館の常設展「岡本太郎と音楽 〜響き・不協和音」に訪れましたが、企画展の「岡本太郎が愛した沖縄」も非常に興味深い展示でした。

太郎が実際に訪れた半世紀近く前の沖縄の貴重な「資料」からは、彼独自の民俗学に触れることができます。特に展示されている多くの写真の「ピンの甘さ」からは、それらが本来は人に見せるためではなく、あくまで美術家が自分の作品資料として記録したものであることがわかります。マニュアルのカメラで、シャッターを押す手が追い付かないほどに夢中で捉えた沖縄。太郎がそこで感じたプリミティブなエネルギーは、数年後に制作された大阪万博の「太陽の塔」にも昇華されたと考えられます。

その発言や存在感から、どこか「直感的な芸術家」という印象の太郎ですが、ソルボンヌ留学中にモースの弟子として身につけた研究者の視点、念入りなリサーチが、一見デュオニソス的な作品の背景にあることもわかってきます。むしろ常設展で流れていた彼の弾く無垢で屈託のないピアノの音にこそ「太郎そのもの」が現れている。本当は音楽家になりたかった太郎。しかし、あそこまで迷いのないピアノの音をきいていると、もし太郎が音楽家だったら美術家ほどの成功は得られなかったかもしれないと思えてきます。それくらい「裸の音」、仕事や社会とは無縁のピュアな音がしました。

見応えのある資料の中でも特に、久高島で12年に一度行われる神事「イザイホー」(1966年)の記録の数々は、現代の私たちに「神」や「自然」、コミュニティとは何かを強く問いかけてきます。YouTubeでもみられるようですが、30分程度にまとめられた抜粋の展示映像でも充分に現地の様子が伝わってきます。しかしこの神事は現在、継承者が存在せず行われていないそうです。その事実を「外側」の人間が嘆くのは簡単ですが、3日間に及ぶ儀式の数々や、現代の女性がカミと共に、時にはカミそのものとして生きることを「引き受ける」ことが容易ではないことも想像できるのでした。

 

人類はいま、21世紀の「祈り」のかたちを真剣に探さなければならないのでしょう。それは例えば、自然災害の地で「千羽鶴」が邪魔だと言われることとも無関係とは言えません。今や「新しい祈りのかたち」は、この小さな島に限らず、スマホでつながってしまった世界の共通課題と言えそうです。しかし沖縄の小さな島のカミは決して消えてしまったわけではない。いつかまたかたちを変え、新しい祈り(身体性)と共に復活するのだろうと思います。

「祈り」を失えば「カミ」はいつか見えなくなってしまう。カミとは本来、自然の脅威や豊かさであり、人々の平和な暮らしであり、家族の幸福を願う心でもあるでしょう。そのことはカミの島とは程遠い、この都市郊外の暮らしの中でも常に肝に銘じていたいと思うのでした。(ササマユウコ記)

 

□7月3日まで。川崎市立岡本太郎美術館にて。