音楽療法ボランティア「歌う♪寄り添い隊」その2


 気持ちのよい青空が広がる秋の午後、町田市・第一清風園の音楽療法ボランティア「歌う!寄り添い隊」の活動現場に再びお邪魔しました。

 音楽活動は時間を紡ぐ作業です。気温や天候によって寄り添う方の状態も同じではなく、だからこそ一期一会の尊い時間と思えます。ただ「一緒に歌う」という時間の積み重ねが、明らかに様々な関係性(講師とボランティア、ボランティアと参加者、参加者と講師、施設職員とボランティア等)に変化をもたらしていく。普段は気づかなくても、ふと立ち止まって半年前、1年前とふり返るとその内外の変化に驚くこともあるのではないでしょうか。この日は「(義)母と娘」さんが二組いらっしゃったせいか、前回よりもさらにリラックスした雰囲気に包まれた時間でした。先生の明るさや冨田さんの合いの手は抜群の安定感。日頃は控えめと言われている方が楽しそうに太鼓をたたく場面も見られました。

 そして今回あらためて驚いたのは「昭和ヒット歌謡」の力でしょうか。文部省唱歌に次いで今や高齢者の「みんなの歌」。お母さんの好きな歌が出ると、「この歌よく歌ってたね」と娘さんのエピソードと共に時間が巻き戻される。特に高度経済成長期に流行った歌は本当に誰でも口ずさめるのが魅力です。テレビが普及し、暮らしと歌が密接に結びついていた時代。中でも、大阪万博の二年前に流行った「ブルーライト・ヨコハマ」は特に盛り上がりました。講師のお話ではどこの施設でもウケるのだそうです。誰もが暮らしに豊かさを感じ始めた時代の象徴となっているのでしょう。一方で、高齢になっても歌える曲が少ない世代が高齢者となった時、音楽療法は「歌」よりも純粋に「声」を使うことが中心になるかもしれないと感じました。早口のラップや高音域のアイドルの曲を口ずさむ高齢者は想像つきませんし(いや、いるとは思いますが)、すでに「ひとりカラオケ」が主流となっている。80年代アイドルが50代に入ったことを考えるとそう遠くない話です。

 そしてこの活動が、実はヨーガの時間と非常によく似ていることにも気づきました。出来るところまでで、無理をしない。ファシリテーターの方向性も、あくまでリハビリ目的を優先しない「音楽の時間」として内発的な動機に任せていく。心地よければ眠ってもいい。ゆるやかに役割分担されたメンバーは柔軟に対応する。「歌う時間」を繰り返し、積み重ね、いつしか自ずと「気づき」を得る。そのプロセスは実にヨーガの哲学と重なります。この時間は「寄り添われる人」はもちろん、「寄り添う人(ボランティア)」にとっても、音楽を媒体に内外のつながりを知らず知らずに体験できる貴重な場となっていると感じました。

 心穏やかな音楽の時間を作り出すことは、実は簡単なことではありません。それは「無」になることとも等しいのかもしれない。寄り添い隊や先生の「思いやりと自然体」から紡ぎ出される、生活の延長線上にある音楽の時間。その場に生まれる関係性は実に居心地のよいサウンドスケープでした。

 

(取材協力ありがとうございました)
    社会福祉法人賛育会 第一清風園様

    リリムジカ ミュージックファシリテーター塚本泉様