Interview①-1「劇場の内と外で踊る~ほうほう堂・新鋪美佳さん」

◎プロローグ◎「ウチ」と「ソト」をつなぐこころみ

 特別なものは何もない東京郊外の新興住宅地にほうほう堂がやってきたのは、2011年11月のことだった。3月の震災と原発事故で浮彫りになった都市システムの限界。その限界と向き合い、希望と絶望を行ったり来たりしながら「未来」を模索していた時期だ。「あそこに小劇場?ほうほう堂?」。あの時の驚きと嬉しさは忘れられない。まちが一気に色づいたような、もう二度と味わえないと思っていた明るい気持ち。「都市やシステムの限界=生きること、表現の限界」ではないことを思い出させてくれたのだ。2009年から始まっていた彼女たちのこころみは、思えば預言者のようにそのことを示唆している。「CONNECT+の考察」インタビュー第1弾として、新鋪美佳さん(ほうほう堂)に「ウチとソトをつなぐ視点」からお話を伺った。

あいちトリエンナーレ2013パフォーミングアーツ委嘱作品 「ほうほう堂@おつかい」 ダンス:ほうほう堂(新鋪美佳+福留麻里) 映像:須藤崇規
あいちトリエンナーレ2013パフォーミングアーツ委嘱作品 「ほうほう堂@おつかい」 ダンス:ほうほう堂(新鋪美佳+福留麻里) 映像:須藤崇規

○劇場の「ソト」へ!

 ほうほう堂は2001年、新鋪美佳さんと福留麻里さんによって結成された身長155センチのダンスデュオだ。2005年TOYOTA  CHOREOGRAPHY AWARD 2005 〜次代を担う振付家の発掘〜」オーディエンス賞を受賞後は、コンテンポラリーダンス界の中心的な存在として、国内外の劇場で精力的に作品を発表し続けていた。彼女たちが突然劇場の「ソト」に飛び出し、まちで(まちと)踊り始めたのが2009年のこと。カンボジア公演の宿泊先ホテルの廊下で踊った作品が第一作目となる。その後You Tubeには「ほうほう堂@」シリーズとして、下北沢のエレベーターや不思議なトンネルや渋谷スクランブル交差点等でゲリラ的に踊る映像が次々とアップされ始める。初めはその映像の’ゆるさ’に戸惑いもした。けれども同時に、「ダンスって何?」と彼女たちの問いかけが聞こえてくるようでもあった。

 

―なぜ、劇場の「ソト」で踊り始めたのでしょう?

 劇場の(システム)に、いろいろと限界を感じていました。空間的なことや限られた人にしか見てもらえないという状況も含めて。「劇場の外=もう少し開かれていそうと思えた場所」へ飛び出してみたくなって。それを毎月1回YouTubeに「ほうほう堂@」シリーズとしてアップし始めたんです。でも、せっかく劇場の「ソト」で踊るのだから、野外に舞台をセッティングして音響や照明を仕込んだら意味がない。あくまでも即興で、何も準備しない、ハプニングですよね。ただ、「トンネル」というキーワードを先に決めて、ネットで場所を探すことなどはありました。

―劇場関係者やファンに、このシリーズはすんなりと受け入れられた?
 もともとは「シリーズ作品にしよう!」と気負ったものではなくて、カンボジアの夜中の作品は’イタズラ’のノリもあったのですが、まだSNSを活用するカンパニーが増える前ということもあって、Twitterなどで反響があったり、割と面白がってもらえた気がします。

 

 舞台上の「発表するための作品づくり」から解放されて、「自由」に踊る彼女たちに共感を感じた人も多かったのだろう。その後、作品は支持を得ながらシリーズ化されていく。

いつもの物静かな口調で、熱い思いを語る新鋪さん(右)            photo: Yukiko Kikuchi
いつもの物静かな口調で、熱い思いを語る新鋪さん(右)           photo: Yukiko Kikuchi

 「イタズラ感覚」で「ハプニング」を始めたほうほう堂。日常の中に非日常を投げ込み、偶然性を次々と作品に昇華していく。他人に寛容とは言い難い日本のまち(社会)では勇気のいる行為でもある。

 

―まちで踊っていてクレームがついたことは?

 それが不思議なことに一度もないですね。トンネルで踊っていた時は、最後の方に向こうから酔っ払いのおじさんがやってきて一緒に踊ってくれた。逆に渋谷の交差点は見事に周囲が無関心で、東京らしい風景だなあと。踊っている最中に通り雨が降ったこともある。そういう、偶然性が生み出す奇跡が本当に面白いなと感じましたね。

 

 彼女たちの小柄で自然な身体がすんなりと日常の空気に溶け込む風景。そこには、かつての反社会的行為としての「ハプニング」とは明らかに違う、「ウチ(芸術家)とソト(まち)」がつながった心地よい関係性」がある。きっと音楽(音)を使用しないことも理由のひとつだろう。でも・・・

 

―音楽なしで、どうやって踊りをシンクロさせているのですか?

 目、耳、背中など・・身体を使ったやりとりを通してですね。あとはこれは後から映像を観て気づいたことなのですが、例えば下北沢のエレベーターだったら、上下するエレベーターとそこを横切る電車のタテとヨコの動きとか、早さとか。信号の点滅とか。そこの場にあるリズムとかスピード感に合せている。視覚でとらえるリズムも手がかりにするということはやっているかも。

 

 五感を開き、世界を全身で音楽として捉え直す。これはサウンドスケープとも共通する感覚だ。さらに聴覚だけでなく、彼女たちは視覚から得た情報も音楽の要素(リズムや速さ)に変換する。順応性として場に合った動きをするのではなく、研ぎ澄まされた感性で場を感じ取り、身体を「媒体」にして呼応する。新鋪さんはそれを「まちと絡む」と表現する。経験という身体の記憶を二人の間でシンクロさせ、非常に高いノンバーバル(非言語)コミュニケーション能力を発揮する。それはもしかしたら、人間以外の生き物たちが当たり前に使っている力なのかもしれない。表現ではなく、コミュニケーションとして「踊る」から、彼女たちは場を選ばない。

川崎市アートセンター小劇場『ほうほう堂@緑のアルテリオ』
川崎市アートセンター小劇場『ほうほう堂@緑のアルテリオ』

◎ふたたび劇場 その「ウチ」と「ソト」で

 新百合ヶ丘駅の閑散とした方の出口を抜けて少し歩いたところに、川崎市アートセンターは存在する。郊外の新興住宅地に現れた小劇場と映像館からなる「アートセンター」は、設立4年目にして「芸術の存在意義」が大きく問われる大震災を体験することとなった。

 その2011年の秋に、ほうほう堂の『緑のアルテリオ』(委嘱作品)は上演された。(舞台の感想はこちら→)。上演は震災前に決まっており、ほうほう堂はアートセンターを「建築物」として全体の構造から丸ごと捉え直し、そこで何が出来るかリサーチを重ね、内容にあわせて現代美術家の淺井裕介さんに美術を依頼した。この作品のテーマは今ふりかえっても「ウチとソトの関係性」だったと思う。舞台の表と裏、舞台と客席をつなぐマスキングテープ、表現者と観客、観客とスタッフ、人間とそれ以外の生き物、扉一枚を隔てた劇場の中とロビー、それをつなぐマスキングテープ、ロビーとカフェやトイレ、そして最後はロビーとソト。彼女たちが動き、淺井さんのマスキングテープの絵が増殖するたびに、色々な「ウチ」と「ソト」がつながっていく。そして最終的に、ほうほう堂は文字通り「ソト」に飛び出して踊る。彼女たちが約2年間、劇場の「ソト」で踊り続けた答えがこの中にはたくさん詰まっていた。場所を選ばないということは、例えばスーパーマーケットを背に踊ってもかまわない。かまわないどころかむしろ、その「日常ど真ん中」の場所に芸術が存在するからこそ、そこに参加した私たちの心も踊るのだ。散歩の途中、味気ないコンクリートの道端に咲いた小さな花を見つけた時のように。

 

―また劇場に戻った時に何を感じましたか?

 @シリーズをはじめてからの2年近くは、ある意味ノンフィクションで、リアルな感触や状況でのパフォーマンスをゲリラ的に積み重ねてきたのに対して、それを抽象的な空間としての「劇場」に持ち帰ったことは、構造を物理的に捉えながらも、演出や美術や音楽でフィクションを作れる場なんだなと、あらためて感じたと思います。「劇場」なのだから当たり前といえば、当たり前なのですが。

 

  劇場の「ソト」へ飛び出したからこそ、あらためて「ウチ」のよさも見えてくる。それは「旅」の感覚と同じだ。そして「やっぱりウチがいちばんね」と言いつつも、ほうほう堂は再び旅に出る。「@シリーズ」は、自治体のまちづくりを含む小金井市芸術文化振興事業「ほうほう堂@小金井のあちこちの窓」や、その方法論の集大成とも言うべき2013年の「あいちトリエンナーレ@おつかい」につながっていく。まちをふたたび「劇場」に変えて繰り広げられた壮大なほうほう堂ワールドの映像をご紹介しながら、次回は「芸術家が(地域)社会とつながること」についてお話を伺う。

後半につづく

聴き手:ササマユウコ