考察の前に~「聴者」の視点から

写真)雫境、米内山陽子、ササマユウコ 撮影)牧原依里(C)DeafBird Production)
写真)雫境、米内山陽子、ササマユウコ 撮影)牧原依里(C)DeafBird Production)

 この協働プロジェクトのテーマは「境界」です。まずはメンバー(聾|雫境、CODA|米内山陽子、聴|ササマユウコ)の世界を、対話や即興セッションなど様々な方法で行き来しながら分かち合い、その「間」に生まれる「曖昧な場所」を探ることから準備が始まりました。同時に舞踏(身体)、耳の哲学(サウンドスケープ)、演劇(言葉)と手段は異なりますが、ここが表現者のコラボ・プロジェクトであることを自覚し、「障害者|健常者」という二元的な世界観とは違うアプローチを意識しました。そしてその場所を「境界」と名づけ、そこで生まれた「何か」を共有(実験)する場として、一般公募のもとで2回のリサーチ活動を実施しました。
 もともと、雫境さんが美術家(神津裕幸)として学生時代から探求していたテーマは「境域」、米内山陽子さんは「聾/聴」ふたつの文化に生きるCODAであり言葉のプロ、そして筆者が代表を務めるコネクトや音楽では(内と外の関係性)をテーマに活動していたので、「境界」というテーマはメンバー間ではすんなり共有することができました。二回目のリサーチでは手話通訳も兼ねた米内山さんの負担が大きくなってしまった反省がありますが、場づくりの運営面では三者がそれぞれの世界をサポートし、対等な関係性を保ちながら進めていけたことは「協働」と呼ぶに相応しいかたちだったと思います。

プロジェクトの在り方として
プロジェクトの在り方として

 「境界」という言葉を前にした時、「1本の線」で分断された世界を想像し、その線を「越えて」相手の世界に入るか否かに意識が向いてしまうことはないでしょうか。もしくは自分の世界に相手を「受け入れる」かどうか、必要以上に心が固くなることもあるのではないでしょうか。
 けれどもこのプロジェクトの「境界」は、最初に書いたように「線」で分けるのではなく、聾/聴、内/外の世界が混ざり合った幅のあるグラデーション状の世界です。もちろんメンバーには、自分の専門領域や内外に引いている「境界線」を越える必要がありますが、その先には直に相手の世界が存在するのではありません。いちど「共有スペース」のような場に出る(集う)感じでしょうか。そこが聾/聴の価値観が混ざり合う「境界」です。例えば「きこえる|きこえない」こと以上に、「おもしろい」や「やってみよう」「伝えたい」など、あくまでも内発的な動機が重要視されます。その動機を共有するためのコミュニケーション手段として「手話」や「筆談」が必要になる。あるいは、非言語コミュニケーションが大切になる。

 ですからこの協働プロジェクトでは福祉的な「障害者|健常者」「サポートする人|される人」という構図とは全く違う関係性(共同体)が作られていきました。リサーチ活動でも「きこえる|きこえない」の線を消し、「心|身体」「自己|他者」「思考|感性」「言語|非言語」など、いつもと違う場所に’あえて’線を引いてみると世界が有機的に近づいたり離れたりする。「共感できること」が変わる瞬間がある。この感覚を参加者の皆さんと共有しました。一方で聾/聴それぞれから「コトバ(発話、手話、文字)」を取り除き、非言語コミュニケーションやボディランゲージで「伝える」ことや「理解する」こと、自他の世界を反転させることを目的にした時間もつくりました。「きこえる|きこえない」で分断されない世界、通常の社会とは違う価値観で成立する世界があることを「遊び」や「芸術の手法」を通して考えました。
 もちろん、この活動はほんの入り口にすぎません。聴者である筆者は、関わるほどに見えてくる「聾文化」の奥深さを前に、手話が思うように覚えられず歯がゆさも抱えています。「音のない世界」に想いをめぐらせつつ、オンガクという「音の世界」に生きている矛盾も自覚しています。同時に「(非言語)表現者」としての経験が自身を助け、世界が一気に柔らかく豊かになる瞬間も多々ありました。何より、聾/聴の「境界」に生まれる世界の豊かさを、メンバーや参加者の皆さんと共にもっと分かち合いたいと思いました。
 「言語」をあえて外した時に立ち現れる人の本質も興味深いです。言葉を通すことで伝わらなくなってしまう感覚や、「聴覚」という基準から離れてみる。もっと言えば五感からも離れて、世界に引かれている(と思っている)様々な境界線を頭の中で消してみたり、引き直してみる。それを「表現の自由」と言うのだろうと、リサーチ活動を通して思いました。

 そしてひとつ肝に銘じたいのは、聴者はやはり「多数派」であるということです。今回のリサーチは各回満席となり聴者の関心の高さが解った一方で、全体的に聾者の参加数が伸びず、情報や場の(アクセシビリティ)が課題となりました。同時に、一方通行ではない「情報保障」の在り方とは何かもメンバーと共に考えました。例えば「’聴者の手話’は誰のため?」と問い直してみる。「情報を正確に伝えること」を第一に望まれている場合は「筆談」を始めとする「文字情報」の併用など、常に相手の立場になって複合的な伝達手段を選択する必要があります。信頼できる手話通訳との出会いも世界を大きく広げてくれます。もちろん聴者が手話を学ぶことは素晴らしい経験です。ひとりでも多くの方に興味を持って頂きたいと思っています。

 ただしそこには言語学習に共通する課題が内在していることを知って臨む必要があります。文化的背景の学習、聾者やCODA(手話のネイティブスピーカー)との感覚の差異、時には留学の必要性など外国語学習と変わりありません。その上で、手話と身体表現に共通する「美」に触れ、「言語」や「芸術」の起源に想いを馳せ、つまるところ「人間とは何か?」を考えるきっかけが生まれるといいなと思っています。


 次回は、メンバー(聾、CODA)の言葉もご紹介しながら、プロジェクトの課題や展望について書きたいと思います(ササマユウコ 記)。


協働プロジェクト『聾/聴の境界をきく~言語・非言語対話の可能性」

 2017年度アートミーツケア学会青空委員会 公募プロジェクト

メンバー|

雫境(舞踏家・movement・聾)

ササマユウコ(音楽家・soundscape・聴)

米内山陽子(劇作家・signlanguage・CODA 舞台手話通訳)

境界リサーチ実施 

第1回2017年11月19日「コトバ|音|カラダ~コトバのない身体WSとおしゃべり」

第2回2018年3月21日「カラダ|音|コトバ~舞踏・サウンドスケープ演劇の視点から「手」を考える」

場所:アーツ千代田3331

協力:牧原依里(Deafbird Production)

主催:芸術教育デザイン室CONNECT/コネクト

Facebook http://www.facebook.com/Deaf.Coda.Hearing/    (当日の動画もご覧頂けます)。