メンバーの考察(まとめ抜粋)

 この協働プロジェクトで最も大切にしているのはメンバー間の「対話」です。プログラム準備段階のアイデア検討から実施後の考察や課題発見まで、メンバーそれぞれの言語(日本手話、日本語)や筆談・メール(文字、書面)を軸に、時には動画、非言語コミュニケーション、現場での即興セッション等も交えながら、メンバー間の共通認識と信頼関係を深めていきました。「対話」の手段が「言語」だけに限定されないユニークなチーム体制は、アーティスト主体の協働プロジェクトの特徴であり、大きな強みだとも思いました。
 今回は各メンバーが担当したワークショップ、全体のふりかえりを中心にご紹介したいと思います。


雫境

(DAKEI 舞踏家)

プロジェクトの担当領域】
 聾・身体・movement・非言語コミュニケーション・日本手話

第1回目「言語|非言語のあいだ」
身体を使ったワークショップ

 身体表現の解釈については、聾者は「見る」ことを主体とした生活をしているのですぐに解釈できるが、だからと言って「聾者と聴者だから違う」とは限らない。なぜならそれらの解釈は個人それぞれであり、完全に一致していないからである。

 最初は「答え」を求めようとして(参加者が)慎重になっていた。表現しているうちに解釈の共有性がだんだん見出されてくると、気持ちの硬さがほぐれ、皆が一緒に同じ波に乗るようになり、楽しめたようだった。言語や異文化などの束縛、領域から(参加者が)解き放たれたようだった。

写真)「サインネームをつくる」「非言語コミュニケーション」からボディランゲージで伝える。察する。

【第2回目 手をテーマに「舞踏の視点から」担当】

 川が静止した写真、流れている動画、レオナルド・ダ・ヴィンチの「自然災害」のドローイング、葛飾北斎の「女浪」の浮世絵、「川」の象形文字の順番で、それぞれの映像に3~4人づつのグループで取り組んでもらった。影絵遊びや映像を手でなぞったりは、初めての体験で戸惑いがあったように見受けられた。何度か繰り返し、時間をかけていけば、もっとその人らしい表現ができただろう。参加者の中には新しい発見があったように思う。しかし聾者の参加が18名中1名だったこともあり、聾と聴の差異はみられなかった。そのことは唯一残念だった。

【気づきや発見など】

 国内外で舞踏のワークショップをいくつもやってきたが、今回のようなワークショップは初めての試みだった。手話、日本語という「言語を使わずに」進行することで、普段使わない何らかの感覚が鋭意的に研ぎ澄まされる。参加者はその感覚にエネルギーを注ぐことに慣れていないため、心身が疲れたようにも見えたが、ふりかえりの対話が終わった後には心身ともにリフレッシュされたようだった。もっと聾者の参加数が増えれば、また違う着目点が出てくるだろうとも思う。

 

【課題と展望】
 福祉的芸術ではなく、だが純粋に芸術としての表現を体験するだけでもなく、言語・非言語、日本手話・日本語などを基盤とした異文化の境界線、「間(あいだ)」について少しでも考察できる場としては大変有意義だった。また参加したい、続けたいという「声」もあり、求められていることも把握できたので、継続していく価値はあると思う。手、目、顔など身体の一部分、空気、花、木など環境の部分をテーマとすることも考察の幅は広がるだろう。それらの部分的な考察をそれぞれ「点」とし、それらの点と点をつなぎ合わせて「線」とし、次第に網目のように俯瞰的に、また現象となって幅広く、深い考察になっていくだろうと確信している。
  また参加者が少なかった聾者たちには、こちらの宣伝を見ただけでは「敷居が高そうな」印象を持たれてしまっている。宣伝の工夫だけでなく、口コミならぬ「手」コミで情報を拡散できるようにしたい。


米内山陽子

(Yoko Yonaiyama  劇作家・舞台手話通訳)

【プロジェクトの担当領域】

CODA(Children of Deaf Adults) 言葉  signlanguage  手話・手話通訳)

【手話(通訳)担当としての1回目】
 
1回目は非言語でどこまで進められるかという実験色が濃かった。手話のわからない参加者が私と雫境氏が手話で話しているのを観察し、内容を想像するというワークは興味深かった。これは、ある言語(日本語など)を全く知らない人がその言語の会話を聞いて何を話しているのか想像するのに近い実験で、意味以外のニュアンスを音の強弱や表情から読み取ろうとするのに近い。近いが、手話は「視覚言語」なので、意味を表出する「文法としての表情」と、個人が発する表情の違いの捉え方が、手話話者とそうでない人で違っていた。コミュニケーションは言葉の意味だけで行っているのではない。「非言語の部分を探る」という意味では雫境氏が非言語を貫いて行ったワークも良い意味で混乱をし、意図を探り、動いてみる、という流れを作れていた。

【2回目 全体の手話通訳を担当して】

  2回目はメンバーそれぞれの使用する言語を駆使しながら、「手」をテーマに進めていった。ササマさんの「音声」には手話表出通訳(米内山)、雫境さんの「手話」には読み取り通訳(米内山)、米内山の音声には「文字化」プロジェクションで内容を伝える(ササマ)、というような、さまざまな情報保障がワークショップ中、絶え間なく動いていた。この情報保障の在り方も刺激的だった。話者の言葉が翻訳され、二次的に伝わる仕組みをオープンにしつつ進められたのは良かった。「サウンドスケープ」「舞踏」「演劇」と三者三様のワークであったが「見立て」「円環」など共通点も多く、実りの多い実験になったと思う。

【手をテーマに「演劇の視点から」担当】

 「指を自分に見立て、対話する」という実験を行った。指先を人や物に見立て、物語を表現するというのは、子どもがいちばん始めにする「遊び」で、演劇においてもとても根源的な行為だ。多くの人が経験し、楽しんできた。改めて意識的に「見立て」の行為を通して、「自分の指は不器用で思うように動かないのに、他者の指は雄弁で豊かに見える」という発見があった。他者が発する表現の「余白」に観察者は個人の創造や思い出や経験を投影するのではないか、という仮説を今のところ立てている。「余白」とは豊かさとニア・イコールなのかもしれない。

【手話通訳について】

 芸術に重きを置くワークショップなどの場合はデマンドコントロール*が重要で、講師や参加者の空気に溶け込みながら(大言壮語に聞こえるかもしれないが)、世界と世界をつなぐ調整を行う、という覚悟が必要だ。そのためには企画の意図などをしっかりと共有しておかねばならず、情報保障の示す「情報」の範囲が分野によって異なることを再認識した。
*手話通訳における「デマンドコントロール理論」

 「デマンド」とは業務上解決しなければならない諸課題(環境、人間関係、パラ言語、通訳者自身の4つの視点)のことで、「コントロール」とは、その諸課題を解決していく力のことをいう。 参照・引用:『アメリカにおける手話通訳養成」国立障害者リハビリテーションセンター学院・手話通訳学科 教官:木村晴美・宮澤典子著

【課題と展望】

 「ろう表現者」に向けてのアピールを検討したい。潜在的な需要を感じたので、アピール方法、宣伝方法を考えればもっと聾者の参加が増えるのではないかと感じた。参加者のろう、聴の割合をもっとイーブンに近づけていけば、ワークにも変化が現れたり、違う刺激が生まれたりするのではないかと予想する。今後も続ける価値のある考察だと思う。


ササマユウコ

(Yuko Sasama  音楽家・CONNECT代表)

【プロジェクトの担当領域】

 聴・サウンドスケープ(耳の哲学)・音 ※プロジェクト主催

【全体を通して】
 6月からメンバー間でさまざまな形式の「対話」を重ね、丁寧にプロジェクトの目的や意義を共有できたこと、何よりもまず「内側に」信頼関係を築くことができたことが、いちばんの実りだった。
 このプロジェクトと並行して、映画『LISTEN リッスン』牧原依里監督も加わった上智大学グローバルコンサーン研究所主催の「シネマ哲学カフェ」の企画も実現した。結果的には牧原さんもリサーチの協力スタッフとして参加いただき、思いがけず映像記録を残すことができた。つながりは緩やかだが、各自の専門性や役割がはっきりとしているので、自分がこのプロジェクトで出来ること、担うべきことがわかり、支え合う関係性(チーム体制)が自然と生まれていった。そして、この豊かな協働の場を「境界」と呼びたいと思った。
そこには聾/聴を越えた人と人のイーブンな関係性、舞踏、演劇、音楽、映画といった異分野芸術へのリスペクト、そして’ある種の’使命感が静かな通奏低音として流れていたように思う。
 一方で2回目のリサーチでは、通訳者とファシリテーターの二役で米内山さんの負担が大きくなりすぎた反省もある。聾の世界に育った聴者であるCODAは存在そのものが「境界」とも言える。非言語表現の微細な雰囲気まで芸術性を伴う日本語に落とし込める彼女の存在は大きかった
。手話を話す「人」の雰囲気、手が描く「線」の質感、彼女自身も考察で触れていた「空白」も日本語に変換できる力が、このプロジェクトに独自の「深み」を生んでいたのは間違いないと思う。

【アクセシビリティ】
 逆に言えば、プロジェクトの「個性」や「芸術性」が表現者を中心とした聴者には受け入れられたが、聾者や一般の聴者にとっては雫境さんも指摘していたように「敷居の高い」雰囲気になってしまった感は否めない。一方で、リサーチの参加者たちがそれぞれの持ち場に「考え方」や「方法論」を持ち帰り、自由にアレンジしてひらいて頂ければ、このプロジェクトの役割がはっきりしてくるだろうとも思う。ただし聾者と聴者の応募人数の違いが、アクセシビリティや情報リテラシーが要因だった可能性もあるので、宣伝方法の改善は引き続き検討していきたい。

 「アーティストが主体のプロジェクト」として各自の芸術性を見失わずに、その境界に生まれる「何か」を見極めていくことと、福祉的な「わかりやすさ」や「親しみやすさ」の両方を視野に入れた「オリジナリティ」「情報保障」の在り方を同時に探っていきたい。なぜなら、ある種の「わからなさ」や「難しさ」に対峙することも芸術の醍醐味であり無視できない要素だと考えているからだ。しかし同時にそれはアーティストの「エゴ」とも結びつきやすく、場が「閉じて」しまう危険性と紙一重であることも肝に銘じておきたい。

【今後の展望

 今回のプロジェクトを芸術から福祉の視点へと移したとき、「アクセシビリティ」と「情報保障」の問題と同時に「信頼関係」の大切さが浮き彫りとなった。「言葉」は何のためにあるのだろうか。単なる情報伝達ツール以上の存在であることは、非言語コミュニケーションが成立することでも明らかである。相手の世界を「理解したい」「伝えたい」という気持ちや、自分をひらく内発的な動機がなければ、言葉を介したやりとりは「型」だけを使った表層的なコミュニケーションに陥ってしまうだろう。それは音声言語、手話のどちらでも起こり得る。このプロジェクトは最初から「互助」や「通訳」を必須とした世界なので、協力体制をつくらなければ乗りきれない。そのメンバーの「意識の在り処」が豊かな世界をつくると感じたし、ここでの「境界のつくり方」を芸術の外にも応用することは十分に可能だろうと思った。

 今後もメンバー間の芸術交流を重ねながら、オリジナリティのある「ワークショップ」や「レクチャー」に落とし込み、興味を持って下さった方たちとシェアする場をつくっていけたらと思う。このプロジェクトの役割として、聾/聴の表現者(学生も含む)、手話学習者、学術研究者を一応の対象者に想定しているが、その限りではない。メンバーそれぞれ子育て中なので、日々の経験を活かした子ども向けワークショップも可能性があると感じている。小さな波紋が静かに広がるような「小石」を投げ込むイメージでいる。
  また今回はアートミーツケア学会青空委員会の公募助成プロジェクトに採択されたことが、活動の背中を押してもらえるきっかけとなったことを記しておきたい。


補足 【サウンドスケープ・音・耳の哲学】担当として

 このプロジェクトでは「音」を担当している。聾と聴の世界を決定的に「分断」するのは「音」である。音楽家として活動するとき、自分の放つ音は聾の世界には「物理的には」届かないのだということをよく考えるようになった。しかし聾の世界にも「音楽 オンガク」があることは映画『LISTENリッスン』(牧原依里・雫境共同監督)に出会って確信している。オンガク活動とは耳にきこえる「音」だけに限らないことは、2011年以降「耳の哲学」を通して個人的にも伝えてきた。もともとこの協働プロジェクトを主催する「芸術教育デザイン室CONNECT/コネクト」は、東日本大震災を機に研究を始めたカナダの作曲家M.シェーファーのサウンドスケープ論を実践する拠点として、2014年から「音の風景を編むように」展開している芸術活動だ。この40年前の「考え方」は、米ソ冷戦構造による核の脅威や経済成長に伴う環境破壊に晒された地球の未来に、音楽の世界から多角的に警鐘を鳴らしている。いわゆる「音楽」を演奏したり創作すること以上に、「音楽とは何か?何がオンガクか?」を考え、オンガクの扉から世界と「関わり直す」ことの大切さを提唱する。応用範囲は「音楽」や「教育」はもちろん、「環境」や「社会福祉」、はては「森羅万象」へと受け手の「想像力」や「創造力」で無限の広がりを持っている。
 プロジェクト発足はある意味「必然」でもあった。米内山さんとは彼女が10代の頃からの20年来の劇場仲間である。しかし今回初めてCODA(Children of Deaf Adults) としての彼女の「アイデンティティ」に触れ、人の奥深さを知るとともに、それまでの「年下の
友人」から「プロジェクトメンバー」へと「関わり直し」の機会がめぐってきたことは感慨深い。

 雫境さんとの出会いは、3年前の文化庁メディア芸術祭で開催された聴覚障害者と視覚障害者の鑑賞ワークショップ会場で、「サウンドスケープとは何か?」と直接問われたことがきっかけだった。ちょうど『LISTEN リッスン』の撮影準備を始めていらしたのだろう。音のない世界からの「問いかけ」はとても印象的だった。その後、映画のアフタートークに出演依頼をいただき、舞踏とピアノの即興セッションを試みる場もあり、それ以来ずっと「音のない世界の音楽とは何か」について考え続けている。そうやって考え続けることで「聾の世界」とつながっている(と思っている)。

 手話は相変わらず覚えた傍から忘れてしまうが、自分のペースで少しづつ根気よく学ぼうと思っている。新しい言語や文化を学ぶことは、音楽(演奏技術)の学習とも似ている。やはりまず「きく」ことが大切だ。それは手話でも同じである。相手の話をよく「きく(みる)」ことから、すべては始まるのである。

文責:ササマユウコ

※次回最終回はアンケートから「参加者の声」をご紹介します。