「コネクト通信」2018


アートミーツケア学会2018@女子美術大学に参加しました。

11月3、4日に女子美術大学(杉並キャンパス)で開催された2018年度のアートミーツケア学会に参加しました。

柳田邦男氏の「言葉と絵本」をめぐるレジリエンスについての基調講演、マイケル・スペンサー氏による美術と音楽の境界的ワークショップ、活発なポスターセッションやユニバーサル・ワークショップの分科会を始め、充実した2日間となりました。
 2017年度に青空委員会公募助成プロジェクトとして開始した協働プロジェクト「聾/聴の境界をきく」を始めコネクト(ササマユウコ)の活動も「東の会員展」としてタペストリーとなって展示紹介されました。
詳細はコネクトFBにも掲載しておりますので、よろしければご覧ください。


CONNECTは何をコネクトしたか、しなかったか?③「考える」

①「つなぐ」 ②「ひらく」はこちらからご覧ください。

 「芸術と学術、人と人~つなぐ、ひらく、考える」を理念にしたコネクト活動のひとつの’着地点’は「考える」です。もちろん「つなぐ」や「ひらく」、その間のプロセスでも考えます。だけどそこにある「考える」と少し違うのは、3番目の「考える」には哲学カフェのように参加者が「音や言葉で対話する」場や時間があるということです。もともとコネクトは「サウンドスケープ」という考え方を実践考察する目的でスタートし、活動そのものを「耳の哲学」として捉えています。綺麗なポーズをつくることが最終目的ではなく、あくまでも根底にある哲学を学ぶプロセスとして身体を鍛えるヨガと似ているかもしれません。なぜならこの「サウンドスケープ」は、ヨガや禅など東洋思想の影響を強く受けたカナダの作曲家M.シェーファーによって提唱された考え方だからです。

 約40年前に出版された'The Tuning of the World'は、耳/きく/音から世界を捉え直す境界領域的(学際的)で先駆的な’学術書’です。ここではサウンド・エコロジー(音響生態学)という新領域の提案やヨガも例に出てきます。さらにユニークなのは、著書の全編を通して深い精神性や音楽性と科学を大胆に融合しただけでなく、この考え方が生まれた動機にはシェーファーの個人的な事情もあったということです。大学の旧態依然としたクラシック音楽教育の職に馴染めなかった彼は新たにコミュニケーション学科を立ち上げ、そこでの研究費のために考えだしたイノベーションでもあったことは40年前とは思えない先駆的な発想力です。実際に校舎の建設騒音にも悩まされていたという「日常」も後押します。ここで獲得した研究費から’World Soundscape Project’が立ち上がり、世界の環境(騒音)問題にも実際的にコミットしていきます。シェーファーの行動力や固定観念にとらわれない柔らかな判断力、クリエイティビティやセレンディピティの高さ、生き方そのものが芸術(音楽)的です。そこには矛盾も含みますので、科学的であろうとした当時のアカデミズムにはなかなか受け入れられなかったようです。

  このサウンドスケープ論が国内に紹介されたのは1986年。83年に夭折した池袋西武百貨店アール・ヴィヴァンのスタッフで「環境音楽」の作曲家だった芦川聡さんの意志を継ぎ、東京藝術大学の若手研究者たちによって『世界の調律~サウンドスケープとは何か』(鳥越けい子、小川博司、庄野泰子、田中直子、若尾裕訳 平凡社)が翻訳・出版された年です。同年、芦川聡遺稿集『波の記譜法 環境音楽とはなにか』(小川博司、庄野泰子、田中直子、鳥越けい子編 時事通信社)も出版されています。この2冊が日本の「サウンドスケープ論」の原点と言えます。

 「音の風景」と訳された詩的な言葉は当時の日本各地にまだ残されていた耳の文化や風土・自然とも合い、エリック・サティの「家具の音楽」やB.イーノの「環境音楽/アンビエント・ミュージック」のブームと共に広く受け入れられました。そこから文字通り都市のサウンド・デザインや音楽教育、環境学など、多角的なアプローチが全国的に展開され「サウンドスケープ」という’言葉が’各領域の解釈で定着していきました。ただしそこに付随する「哲学」に光が当たるのは1990年代に入ってシェーファーの音楽教育テキスト『サウンド・エデュケーション』(シェーファー著、鳥越けい子、若尾裕、今田匡彦訳 春秋社 1992/2009新版)『音さがしの本~リトル・サウンド・エデュケーション』(シェーファー/今田匡彦著 春秋社 1996/2009増補版)が出版されてからです。代表のササマユウコは2011年の東日本大震災・原発事故を機に、このサウンドスケープ論を弘前大学今田匡彦研究室で「耳の哲学」と捉え直し学会や論考の発表を続け、2014年から実践的な場を作っています。「哲学」ときくと堅苦しい印象があるかもしれませんが、シェーファーの「サウンド・エデュケーション」を応用して音楽の経験値だけでなく、耳がきこえる|きこないに関わらず、誰でも参加できます。特にコネクトでは音・言葉・身体を使って考えることを目標にしています。音楽教育では本来なら洋の東西に関わらずムジカ・ムンダーナ(天体の音楽)や森羅万象に共通する宇宙観、思想や精神性を知ることも欠かせません。これは非常に大切なことですが、明治維新以降、この国の学校音楽の時間は楽器演奏という技術に限られ、哲学に触れることはまずありませんでした。そこを音楽の内側から外の世界に伝える役割があると思っています。その上で、あくまでも今ここに生きるていること、日常から目を逸らさないことは大切です。「音の風景」のように人と人が共鳴し合う場や時間を大切に、「音のない音楽」が聴こえてくるような時間と空間を探求しています。
 この5年間「即興カフェ」、協働プロジェクト「聾/聴の境界をきく」(アートミーツケア学会公募助成プロジェクト)、「空耳図書館」(子どもゆめ基金助成事業・読書活動)、「路上観察学会分科会」の4つのプロジェクトを軸に、「サウンド・エデュケーション」のワークショップやアーティスト/研究者の言葉をご紹介する場をつくりました。ここでは音楽にとどまらず、美術、演劇、ダンス等、異分野芸術ともつながります。加えて、相模原市立市民・大学交流センターという「公共の施設」に拠点を置くことも、ひとつの実験として続けています。シェーファーが「公共性」を意識したように、活動を社会に「ひらく」発想が可能になります。そしてここで生まれた新しいアイデアや出会いから、参加者それぞれの場で新たな音楽を奏でてくれたらいいなと思っています。
 最終的な目標は活動を大きくしたり認知度を上げることには置いていません。「つなぐ→ひらく→考える」を循環しながら、さまざまな内と外が柔らかにつながり、その境界(間)に「自由」「即興性」「公平性」「自律性」が保障された有機的な場をつくること。そのオルタナティブな仕組みづくりを通して「サウンドスケープ」の哲学を共有することです。

 最近、「小さな場」の可能性についてアーティスト同志でも話すことが増えてきました。ここから2020年に向けて社会は今まで以上に「大きな芸術」「強い芸術」に注目することでしょう。そしてコネクトは、この「大きさ」に馴染まないモノ・コト・ヒトに丁寧に向き合っていきたいと思っています。そこで真摯に「考える」ことを疎かにしません。

 「この活動に意味はあるか?」という問いを、ずっと筆者自身に投げ続けています。それは同時に「生きることに意味はあるか?」という問いとなって返ってきます。芸術とは「指標」や「目標」を立てて「評価」を得る活動だけではありません。時には「無意味」で「無駄」だと解っていても、どうしても活動せずにはいられない、表現したいと思うことがある。誰も気づかなかったモノやコトやヒトの魅力に静かに光を当てることが、他の誰かの生を輝かせることもある。生産性や効率を優先する社会に対するアンチテーゼ、時には権力に対するカウンターとなり得る。それも小さな芸術の持つ、大きな力だと思います。社会全体がプラグマティックに同じ方向に舵を切ってしまうことに警鐘を鳴らす。シェーファーが1970年代の環境破壊や、米ソ冷戦の核の脅威が進む世界に対して「鳴り響く森羅万象に耳を開け!」と叫んだ理由もそこにあります。そして自身がクラシック音楽教育から弾き出されたときに「サウンドスケープ論」を掲げてみせたような創造性と逞しさ。芸術は生きる力であることがその軌跡が物語っています。
 コネクトは東京と神奈川県の境界にあります。都心からは「ベッドタウン」以上の実態が見えづらい地域ですが、町田市・相模原市周辺には芸術系大学が多く、実は卒業生アーティストが各所にアトリエを構えるクリエイティブな地域でもあります。相模原市藤野町は芸術村として有名ですし、昭和の新興住宅地にも人知れず高い芸術(アート)に取り組む高齢者たち、芸術系住民グループも沢山あります。都心とは明らかに違う、ゆったりと自然に寄り添う文化や時間が育まれている。「芸術」とは何か?何が「芸術」か?平成が終わる今、両市合わせて116万人(東京都の10分の1)が暮らす都市郊外で、21世紀型の新しい芸術、日常と非日常の関係性が生まれているように感じます。
 今後も拙い言葉でも丁寧に考え、コネクトから発信していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。


ササマユウコ|音楽家・C0NNECT代表 80年代後半、日本初の文化専門総合職として社会人スタートするも紆余曲折。ずっと音楽活動とのダブルワーク人生です。2000年代に洋の東西を越えたCD6作品を発表。2011年の東日本大震災を機に演奏活動を一時休止し、境界領域的なサウンドスケープの哲学を研究しています(弘前大学大学院今田匡彦研究室2011-2013)。町田市教育委員会生涯学習部を経て、2014年に「耳の哲学」実践拠点・芸術教育デザイン室CONNECT/コネクト設立。芸術家や研究者が専門領域を越えて一個人として集いその「境界」に何が生まれるのか、何が可能になるのかを芸術の内側から提示しています。地域や大学連携ワークショップも。現在進行中:協働実験プロジェクト『聾/聴の境界をきく』、即興カフェ(音と言葉の哲学的実験)など。サウンド・エデュケーションを下地にした独自のワークショップもあり。お問合せ:tegami.connect@gmial.com


第6回ユニコムまちづくりフェスタに参加しました

 10月14日に開催された第6回「ユニコムプラザまちづくりフェスタ」に参加しました。

 5年前の入居時は弘前大学今田研究室に籍を置いたサウンドスケープ研究中(大学関係者)でしたが、現在は任意団体代表として、第2回から「芸術教育デザイン室CONNECT/コネクト」名義で参加しています。ここ数年は子ども向けワークショップ企画が大人気のようですが、CONNECTは5年目の区切りということで、オーソドックスなパネル展示となりました。

 今回の参加団体からあらためて地域に目を向けると、「芸術」の枠に納まらないクリエイティブな活動が沢山ある。特に相模原・町田市界隈は芸術系大学が多く卒業生アーティストも沢山住んでいる。加えて、高い「アート(技術)」を趣味に持つ高齢者も沢山いらっしゃる。両都市(相模原72万、町田43万)合わせた人口は約115万人!ここに「名前」がついたとき、新宿から電車で約30分程の東京郊外の「新しい顔」が浮き彫りになる気がしました。

 

 ユニコムは日本初の「大学と市民の連携」を目的とした施設です。CONNECTのようにリサーチや実験を目的とした芸術活動にも居場所があります。これから施設がどのような変遷を辿るのかは未知数ですが、ユニークな公共施設であることは間違いありません。スタッフの皆さま、お疲れ様でした!(サ)


CONNECTは何をコネクトしたか、しなかったか?②「ひらく」

子どもゆめ基金助成事業・読書活動「空耳図書館のはるやすみ」より
子どもゆめ基金助成事業・読書活動「空耳図書館のはるやすみ」より

前回①「つなぐ」はこちらからどうぞ。
 今回は「つなぐ・ひらく・考える」の「ひらく」についてご紹介します。ここにはユニコムの入居条件である地域活性化や地域貢献も視野に入れながら、コネクトの主な4事業をご紹介します。

①ちょっと不思議な読書会「空耳図書館
 2015年春から全5回にわたって「子どもゆめ基金助成事業・読書活動」として展開しました。初回から4回までは町田市や相模原市と縁のある若手アーティスト(ダンサー・振付家:外山晴菜さん、音楽家(TOPA名義・橋本知久さん)にファシリテーションをお願いして、非言語表現者ならではの身体や五感の使い方、「絵本」を図形譜に見立てた「ナンセンス」な読書の時間をつくっていきました。現在この活動からはaotenjoというワークショップ・ユニットも誕生しています。またチラシのイラストを担当して下さったKoki Ogumaさん(当時・相模原市在住)は、ちょうど昨年秋にインドTARA BOOKSから絵本を出版され注目を集めています。

 2018年春は劇団青年団の俳優で桜美林大学講師も務める俳優・山内健司さんの一人芝居「舌切り雀」に「子ども哲学カフェ」の要素を取り入れた読書会をユニコムで開催しました。「哲学カフェ」の導入にはまだ時期尚早の地域かもと思いましたが、参加してくれた子どもたちは自分の言葉で語る「哲学対話」を楽しんでくれたようで、子どもたちの可能性の大きさも感じました。特にこの「舌切り雀」は、山内さんが文化庁文化大使としてフランス国内の児童館等で150回以上上演された平田オリザ演出・脚本のオリジナル作品です。「雀の舌を切る」という残酷さをオブラートに包むことなく、登場人物たちの複雑な関係性や心理を想像させ、道徳とは違う「良いこと|悪いこと」のグレーゾーンをあぶりだしていきます。学校では教えてくれないはずの「生きる知恵としての」芸術教育は学校の外にあることを感じました。www.soramimiwork.jimco.com


②即興カフェ
代表ササマユウコが所属していた弘前大学今田匡彦研究室の哲学カフェからはじまり、現在は「サウンドスケープの哲学から新しいオンガクのかたちを実験するプロジェクト」として、ストリングラフィ奏者の鈴木モモとともに、さまざまな音楽家や研究者と共に実験を重ねています。
 音・音楽と言葉をつなぐ|切り離す。従来のコンサートの枠にとらわれず自由な試みを実験しながら、「音楽とは何か?」という根源的なテーマに迫る「音の哲学カフェ」です。www.facebook.com/improcafe


③協働プロジェクト「聾/聴の境界をきく」2017年のアートミーツケア学会青空委員会公募助成事業として採択されました。聾者|雫境(舞踏家、カラダ)、聴者|ササマユウコ(サウンドスケープ、音楽家)、CODA|米内山陽子(劇作家、手話通訳、コトバ)の主要メンバーとともに、「境界」や「非言語コミュニケーション」をテーマにしたリサーチ活動やワークショップを展開しています。特に現在は聾学校でのワークショップも視野に入れたプログラム開発も目指しています。ご興味のある方は是非お問合せください。www.facebook.com/Deaf.Coda.Hearing/


玉川学園のはちみつ見学
玉川学園のはちみつ見学

路上観察学会分科会(2014~2017)

 初期の「つなぐ→ひらく」目的のなかで、最も「非生産的」でネットワークが広がった活動です。「歩く芸術活動」として、分野を越えた芸術家と研究者が出会い、一緒にさまざまな街を歩き考察し、また自分たちの活動へとフィードバックしていきました。
 現在この活動はリーダー鈴木健介(舞台美術家、青年団所属、桜美林大学講師)に受け継がれ、NPOでの街づくりや舞台美術の場で展開されています。またサウンド・エデュケーションの課題「サウンド・ウォーク(音の散歩)」としてコネクトでも展開しています。※現在は不定期活動です。


 以上4本が、2018年までのコネクト主事業です。この他にも各地のシンポジウムや学会に参加する機会もありました。来年度以降はここから活動を絞り込み、テーマをシンプルに深めていく方向で検討しています。
 この5年で実感したこと。地域に芸術活動を「ひらく」場合の最大のポイントは「すでにある地域の活動やアーティスト」を無視しないということ、そのためのリサーチが欠かせないということです。相模原市・町田市には芸術系大学が少なからずあるため大学のアウトリーチ活動に焦点を絞ってリサーチを進めましたが、個人やNPOの活動については「むしろここから」という感じです。素敵だなと感じる活動は沢山あるのですが「出会う」のは「縁」やタイミング、そしていちばんは直感が大事だと感じています。

 プロとアマのアーティストの境界線は、制度上もすごく曖昧であることも常に自覚しないとなりません。これはプロ側に立つと非常に厳しい現実です。5年間考えていますが正解が出ない。そもそもプロとアマの「境界線」はどこにあるのか、受け取る側に区別はあるか?芸術性の高いプログラムでも、その場に「望まれていなければ」成立しないのも事実です。他の地域で成功した事例でも「地域性」とのマッチングで上手くいかない場合もあります。そもそも「地域」に拘らない方がうまくいく場合もある。コネクトのワークショップには少ないながらも全国各地から参加して下さるので、途中からは無理に地域の枠に収めないようにしました。この「拠点ならでは」の適材適所のアプローチを見極めないとなりません。また楽しい場ばかりではなく、賛否両論も含めて、固定観念を揺さぶり「考える」機会を作るのもコネクトの役割のひとつだと考えています。
 芸術活動は「多様性」と地続きにあって、社会に余白や余裕がないと理解され辛い。「芸術」という言葉そのものが壁を作ってしまうことがありますし、拒絶されることももちろんあります。しかしその余白や余裕をつくるのが芸術だったりする。まさに卵とニワトリです。
 あとはアーティストの存在に焦点をあてた場合、現実的な問題として「芸術のみで経済的な自立を果たすこと」が本当に自身の芸術にとって必須条件なのかを問う時代に入ったのではないかと感じたということです。過去100年のプロの芸術家の定義に「経済性」があったとしたら、21世紀も18年が過ぎようとする今、「生産性」に縛られているのは芸術の側ではないか?20世紀後半の現代音楽の巨匠J・ケージは幼稚園バスの送迎をしていましたし、その事実が彼の音楽家としての評価を下げることはありません。むしろこの国特有の「その道一筋で食べてこそプロ」という呪縛からアーティスト自身も抜け出して、内側から生き方を見直していく。芸術が内側から柔らかく変わっていくことも社会の多様性につながっていくだろうと思っています。これは自戒を込めて。
 と、ここまで書いてふと思うのです。では「芸術とは何か」「何が芸術か?」と。「音のない音楽をきく」サウンドスケープの哲学が背景にあるコネクトとしては、もちろん「作品」や「演奏」というかたちある「表現」だけを芸術と呼んできた訳ではありません。高度な技術でつくられた作品や演奏でも「芸術」を感じないものがあるのはなぜでしょう。コネクトは「何を」芸術と呼んでいるのか?呼ぼうとしてきたのか。5年前に何を考えていたのかは実は目の前にあることと照らし合せた時にさほど重要とは思えず、むしろ「今」考えていることをお話ししたいと思います。次回③「考える」に(つづく)。  ←前の記事 ①「つなぐ」


【CONNECT/コネクト代表:ササマユウコ】80年代後半、日本初の文化専門総合職として社会人スタートするも紆余曲折。ずっと音楽活動とのダブルワーク人生です。2000年代に洋の東西を越えたCD6作品を発表。2011年の東日本大震災を機に演奏活動を一時休止し、境界領域的なサウンドスケープの哲学を研究しています(弘前大学大学院今田匡彦研究室2011-2013)。町田市教育委員会生涯学習部を経て、2014年に「耳の哲学」実践拠点・芸術教育デザイン室CONNECT/コネクト設立。芸術家や研究者が専門領域を越えて一個人として集いその「境界」に何が生まれるのか、何が可能になるのかを芸術の内側から提示しています。地域や大学連携ワークショップも。現在進行中:協働実験プロジェクト『聾/聴の境界をきく』、即興カフェ(音と言葉の哲学的実験)など。サウンド・エデュケーションを下地にした独自のワークショップもあり。tegami.connect@gmial.com


「ひらく」活動はこれに留まりません。展覧会やワークショップの取材、コネクトの視点でセレクトした芸術教育に関わる情報のSNS発信等も行っています。また今年度は実験的に「レジデンス・アーティスト」も加わって頂きました。代表個人としてインタビュー、執筆等も承っています。

◎活動についてのお問合せは tegami.connect@gmail.com までお願いいたします。

CONNECTは何をコネクトしたか、しなかったか?①「つなぐ」

告知】CONNECTのオフィスはユニコムプラザさがみはら(相模原市立市民・大学交流センターシェアード1)という公共施設にあります。10月14日(日)にはセンター全体で「第6回まちづくりフェスタ」(10:00~15:00)が開催され、ここで約5年間のコネクト活動をパネル展示でご紹介する予定です。興味のある方はどうぞ足をお運びください!当日は代表ササマユウコも会場に待機します(レジデンス・アーティストの沼下桂子さんも顔を出します)。
【芸術と社会展示の準備も兼ねて、このところ「CONNECTは何をコネクトしたか、しなかったか?」をふり返り、そして考えています。

 「公共施設」を拠点にした「芸術活動」には何が求められていたのでしょうか。芸術を社会に「役立てる」ことでしょうか?そもそも「芸術」とは何か。役に立たないもの、無意味なものは芸術表現として認められないとしたら、この社会は幸せでしょうか。「想像する力」は人間に与えられた素晴らしい能力のひとつですが、「想定外」という想像力の限界はどうして生まれてしまうのでしょう。それは教育で解決できる問題でしょうか。CONNECT活動では「何を」芸術と呼んできたのか。そこに正解はあるだろうか?と、実は設立した時点からずっと「ひとり哲学カフェ状態」が続いていて、5年経った今も答えは出ていません。
 今回のコラムテーマは「つなぐ」ですが、「CONNECT」という名前の通り、当初はみるみる広がっていく世界を追いかけるように、点から線に「つなぐ」ことで精いっぱいでした。その先に何が生まれるのかは全くの未知数でしたし、「つなぐ」ことが最善ではないと今も想い悩むことがあります。この活動の動機は研究中のサウンドスケープ論を音楽の外の世界で実践してみることでした。それは「音楽とはなにか?」「芸術とは何か?」という哲学的問いと向き合うこと。そこに「この活動が何かの役に立つのか?」という疑問は不思議とありませんでした。しばしば見られるこの「問い」は、実は芸術の外側から投げかけられる場合がほとんどだと感じています。
 この活動が始まってから5年で社会は大きく変わりました。今も議論の最中にある「非生産性」という存在
や活動に対して、自分の正義を掲げて厳しい言葉を投げかける人も増えました。オフィス地元の相模原市ではそれを象徴するような「やまゆり園事件」も起きました。この事件は誰にとってもショックが大きく未だ言葉に出来ませんが、障害のある人たちだけでなく、アーティストを含む社会の少数派(マイノリティ)の存在を揺るがすあってはならないことでした。犯人は自分もいずれ年を取り、筋力も視力も聴力も衰えて、犠牲になった人たちと限りなく近づく肉体を生きていることなど考えもしなかったのでしょう。ここでも原発事故時と同様の「身体性と想像力の欠如」を感じます。
【言葉と向きあう】CONNECTは有機的に進む芸術活動ですが、「ミッション」を言葉にして共有するプロセスは非常に大事だと思っています。なぜならこの世界は「言葉と文字」で出来ているからです。音楽家個人としてはなかなか認め難い事実ですが、社会はまず「言葉ありき」なのです。「ささやかな芸術」の存在意義を、関心のないどころか「必要ない」とさえ思っている外側の世界に伝えなくてはならない。文字をたくさん書かなくてはならない。「社会の言葉」を持たなくてはならない。なかなか修行に近い作業ですが、公共の施設に入って活動をあえて言葉で縛ることが深みや自由度を上げることも実感しました。悪いことばかりではありません。
 しかし本当
は「外向きの言葉」からこぼれてしまうような、人の内側から生まれた言葉のひとつひとつを掬い上げるような作業に、この活動の本質があると思っています。5年目になって、あらたなテーマに「人と人」を加えた理由もそこにあります。この5年間をふりかえると、アーティストや研究者という肩書き以上に、「その人」の存在、内側への共感が無くては成り立たない活動ばかりだからです。

【人と人】ここからはもっと「人」の内側にフォーカスするという意味で、少しだけ筆者のお話しをさせてください。
 音楽家として25年間暮らした都会から、小学生の娘を含む家族と共に郊外に拠点を移したのは2011年の3月末でした。「想定外」という言葉が社会を覆い、史上最悪の原発事故で噴出した放射性物質から子どもを守るための緊迫した生活の中で、「音楽とは何か?」という大問題にぶつかりました。自分にとっては物心ついた頃からのアイデンティティでしたから、それは人生を全否定しかねない、ある意味で絶望的な問いでした
。その中でカナダの作曲家M.シェーファーが提唱したサウンドスケープという哲学を拠り所に世界との「関わり直し」を始めました。2011年9月にはシェーファーと共著のある弘前大学大学院今田匡彦研究室に所属しました。実は4月から原発事故を受けて九州に避難した方のポストを急遽埋めるために町田市の市民大学(生涯学習部)にも関わっていました。ここは社会教育としての歴史が古く、生涯学習というよりは「昭和の夜間大学」そのものだったことは驚きでした。文字通り生涯に渡って「知の探究」を続ける、勉強したくても時代が許さなかった戦中派たちの熱心な存在に励まされる思いで、自身も研究を続けました。
【次世代につなぐ】今考えている次期CONNECTのかたちは、今まで同様に「学術と芸術をつなぎ、硬直化した社会に柔らかな視点を投げかける」ための「小さな仕組み」の実現です。予算消化型のプロジェクトでかたちを整えるのではなく、「人と人の間=境界」にささやかな「音楽」を生み、そこから社会に広くシェアしていく自由度の高い活動を目指したい。特に「非言語コミュニケーション即興」「考えるを主軸にした場をつくっていきたいと思います。

 そこにはもちろん「言葉」が必要です。聾/聴という異文化をつなぐのも「手話」という言語でした。しかしだからこそ言葉に囚われすぎず、その余白にある「非言語」の情報を読み解く力が大切だと感じました。インターネットを始め、左脳的なロジック優先の社会の中で言葉の情報に受け身になりすぎると、自分の内なる音楽に気づく機会が奪われてしまいます。有機的な偶然性、直感やひらめき、「言葉にならない感覚」は人間が主体的に生きる「生きもの」であることの証です。
 「調和は衝突である」と言ったのは岡本太郎でしたが、その真意とは何でしょうか。筆者は
「個」の内側を外側とつなぎ音の風景を編むことだと理解しています。宇宙の音楽(ムジカ・ムンダーナ)のように響き合うサウンドスケープを「衝突」と言い換えてもよいのかもしれません。もちろん太郎の言うように芸術がいつも「爆発」していたら大変です。音もなく響き合う静かな芸術(音楽)もあるだろうと思っています。そこに耳をすます|ひらくこと。まず気づくこと。全身が耳になるような時間をつくっていけたらと思うのでした。  次回②では「ひらく」をご紹介します (つづく)。


ササマユウコ(音楽家/CONNECT代表)。
80年代後半、日本初の文化専門総合職として社会人スタートするも紆余曲折。ずっと音楽活動とのダブルワーク人生です。2000年代に洋の東西を越えたCD6作品を発表。2
011年の東日本大震災を機に演奏活動を一時休止し、境界領域的なサウンドスケープの哲学を
研究しています(弘前大学大学院今田匡彦研究室2011-2013)。町田市教育委員会生涯学習部を経て、2014年に「耳の哲学」実践拠点・芸術教育デザイン室CONNECT/コネクト設立。芸術家や研究者が専門領域を越えて一個人として集いその「境界」に何が生まれるのか、何が可能になるのかを芸術の内側から提示しています。地域や大学連携ワークショップも。現在進行中:協働実験プロジェクト『聾/聴の境界をきく』、即興カフェ(音と言葉の哲学的実験)など。サウンド・エデュケーションを下地にした独自のワークショップもあり。tegami.connect@gmial.com


プレ会議「植物園カフェ×CONNECT 音と対話の時間」実施しました

 ※9/29現在、館内のBGMが植物園カフェ提案のオリジナルサウンドに変えられることになったとご連絡を頂きました。

 本日は第1回「植物園カフェ×CONNECT 音と対話の時間」でした。3年前の路上観察学会分科会『駒場編』でつながった植物園カフェのスタッフ・立石剛さん。実は2012年にユニットejeで川崎市岡本太郎現代美術賞特別賞を受賞した「音楽と美術の間」を探求するサウンドアーティストです。そしてCONNECT代表のササマユウコは2011年以降サウンドスケープ哲学を研究する音楽家という訳で、初日はリサーチを兼ねて午前中は施設内外を個人でサウンドウォーク、その後はカフェで2時間近く対話をしました。主なテーマは「音・音楽・関係性」。

 そもそもこのプロジェクトの目的は、館内共通BGMを見直すことをきっかけに始まり、「植物園のコミュニティ・カフェ」という目的や雰囲気と調和したオーガニックな音風景とは何かを探っていきます。それは同時に有機的な「関係性」の在り方を考える時間でもある。

 今日はまず先人たちが同様の問題を前にしたときに何を考え実践してきたかを知るために、80年代初頭に芦川聡氏が『波の記譜法』で提唱した「環境音楽」の概念もあらためて読み返していきました。まさに知の繋り。空間に溶け込むような'作為'を見せないサウンド・デザインとは何か。それは「オンガクとは何か」という問いそのものです。時折テーブルに来てはスピッツの『ロビンソン』を歌ってくれるヒロシさん。このカフェは彼らの仕事場でもあることも忘れずに意識したいと思いました。
 ここから月に一度「耳の哲学」の対話を重ね、そこに生まれた言葉や概念をこの記事を読んで下さる皆さんともシェアしていきます。「音・音楽・植物(自然)」をテーマにしたオープンな読書会「空耳図書館」や、サウンドウォーク「目と耳の散歩」、また「即興カフェ」とのコラボ企画も視野に入れていますので、どうぞお楽しみに。

◎次回は10月24日開催・テーマは「センス・オブ・ワンダー」です。気になる方はサイトより事前連絡の上、どうぞお気軽にご参加ください。CONNECTサイトでも対話メモ公開や告知をします。行政的なアプローチではなく有機的なアート活動を目指します。(サ)

※追記 本日は問題の館内BGMがなぜか途中から消えて!貴重な静寂が広がっていました。


第6回『即興カフェ』(協働実験プロジェクト「聾/聴の境界をきく」コラボ企画」を実施しました

実験する人:雫境(聾の舞踏家)、ストリングラフィ(鈴木モモ)、ササマユウコ(ピアノ)
実験する人:雫境(聾の舞踏家)、ストリングラフィ(鈴木モモ)、ササマユウコ(ピアノ)

 「つなぐ・ひらく・考える」をテーマに芸術(芸術家)と学術(研究者)、芸術の内と外をコネクトする活動も第1期5年目となりました。今年度は総括としての「考える」を意識しながら、レジデンスアーティスト(女子美術大学講師・沼下桂子さん)の活動サポートや、次段階の「コネクト」を視野に入れた実験的な活動を展開しています。

 先週8月17日にはコネクト代表ササマユウコ(音楽家)がプロデュースする個人活動、「サウンドスケープの哲学から新しいオンガクのかたちを実験する音楽家のプロジェクト『即興カフェ』」と、昨年度のアートミーツケア学会青空委員会公募助成事業:協働実験プロジェクト「聾/聴の境界をきく」をコラボ企画で実施しました。ちなみに「音楽×弘前の哲学カフェ」を前身とした「即興カフェ」では毎回テーマや出演者によって内容や進行方法が変わります。今年1月20日に開催した第3回『音と言葉のある風景』(ゲスト敬称略:石川高(笙、古代歌謡)、國崎晋(Sound&Recording編集人@南青山HADEN BOOKS)では文字通り「言葉と音楽」がテーマでしたが、今回は協働プロジェクトのメンバーで聾の舞踏家・雫境さんをゲストに迎え「言葉のない対話」をテーマに展開しました。

 

 写真だけではなかなかわかりづらいですが、この即興セッションではいわゆる「パフォーマンス作品」を演じているのではなく、実験者たちは登場する順番(雫境→鈴木モモ→ササマユウコ)を決めて、50分間の即興的な対話を展開しています。音楽的意思を持つ非言語の身体コミュニケーションは「音のある|ない世界の間」に様々なサウンドスケープを編み出していきました。出演者は特定の役割やシチュエーションを演じたり、動きに合わせて伴奏や音響効果を奏でていたのではなく、また音楽のルールや三要素(旋律、和声、リズム)からも自由になり、あくまでも三者の関係性、楽器や空間と対峙することから即興的な「対話」が生まれていきました。
 記録を見ると鈴木モモとササマユウコはお互いを見ていない(耳を使っている)時間もありますが、全体的に聴覚や視覚以上に、三者の身体の動き(線)がつくる世界観や身体そのものが放つ存在感に応えるように対話が進んでいったように思います。雫境さんがストリングラフィに触れると「音」が生まれ、そこからモモさんの「オンガク」が生まれ、それに応えるかたちでピアノの音が生まれることもありました。特に決めたわけではありませんが、言葉の「哲学カフェ」の対話ルール(他者の話は最後まできく)という「待つ」時間を必要とする対話とは違っていたと思います。非言語で音風景を編むような言語のコミュニケーションは可能か?「即興カフェ」でも機会があれば実験してみたいと思いました。

 休憩をはさんだ後半(写真左)では同じく協働プロジェクトメンバーで劇作家の米内山陽子さんの手話通訳を介して「前半ふり返り」をしました。実験者がまず「非言語の世界を言葉化する」ことから見えてきたのは、それぞれが抽象的なイメージや思い思いの感情を抱いていたにも関わらず、ひとつの音風景を編み出していたというサウンドスケープの「多様性」です。

 また、目の前で繰り広げられた非言語コミュニケーションやオンガクに参加者が抱いた印象も様々でした。一方的に表現を受け止めているのではなく、ステージと客席の間をイメージが自由に行き来していた状態だったというか。きこえる|きこえない世界のオンガクの楽しみ方の違いも共有することができました。この手話通訳を介した哲学的な対話の進め方には「聾/聴の境界をきく」のリサーチ活動の経験やチームワークが生かされたと思います。音声言語・手話言語に限らず「発言する人」がまず通訳者に「訳してもらえるように」丁寧に解りやすく話すことを意識するということが、対話そのものの質感も変えていくように思いました。
 「音のある|ない境界」に生まれるオンガクを、「きこえる|きこえない」状況の中で思い思いに楽しむ新しいオンガクのかたち。それは出演者(実験者)たちにとっても予想がつかない(正解のない)時間を参加者の皆さんと一緒に手探りで旅をするような刺激的な時間でした。もちろんそれぞれの芸術性、即興性を失わずに集中した時間を共有できるメンバーであったことは欠かせない要素でした。
 「即興カフェ」と「聾/聴の境界をきく」プロジェクトに共通するのは、カナダの作曲家M.シェーファーの「サウンドスケープ」という概念が根幹にあるということです。オンガクとは何か、何がオンガクか?その哲学を自分の身体や感覚を通して探っていくと、音楽には「音」以上に大切な「何か」があることが実感としてわかってきます。出演者の内と外、ステージと客席、時間と空間、言語と非言語、そして柔らかな相互の関係性。複合的に編まれていくサウンドスケープを全身を耳にして「きく」意識を共有したときに、出演者・参加者の間(境界)に新しいオンガクが表出します。それは物理的に「きこえる|きこえない」といった音響や身体性の問題をも越えたオンガクの在り方だと思います。少し抽象的ですが「鳴り響く森羅万象に耳をひらけ!」(『世界の調律~サウンドスケープとはないか』(R.M.シェーファー著 鳥越けい子、小川博司、庄野泰子、田中直子、若尾裕約 平凡社刊 1986)と提唱したシェーファーが目指すサウンドスケープの本質はこの言葉に集約されていたように思います。
 ちなみにサウンドスケープを学ぶテキスト『音さがしの本~リトル・サウンドエデュケーション』(M.シェーファー/今田匡彦 春秋社2008増補版)の中には「音のない世界を想像する」という課題が出てきます。これは聾者の音楽を知る上でも重要なアプローチですし、「きく力」と「想像する力」が音楽教育だけでなく言語|非言語コミュニケーションそのものを豊かにすることを示唆しています。

 

 音楽(楽器を演奏する)や舞踏(踊る)は基本的には非言語の身体表現です。演奏者や踊り手は「言葉」とは違うコミュニケーションの力を使っていることは確かです。専門家だけでなく人は誰でも「非言語コミュニケーション」の可能性を内包しているはずです。そのことを忘れずに「言葉の世界」で人と人を無意識に分けている様々な「境界線」の在り方にも一石を投じるような試みとなっていたなら幸いです。このコラボ企画はまた機会があれば実験してみたいと思いました。

◎当日写真のアルバムがありますので、Facebook専用ページもご覧ください。(サ)


◎筆談や非言語で進行した打合せの様子



6回即興カフェ『真夏の夜に|言葉のない対話」2018年8月17日(金)19時

@下北沢HalfMoon Hall

実験した人|雫境(聾の舞踏家)

鈴木モモ(ストリングラフィ)

ササマユウコ(ピアノ)

手話通訳:米内山陽子
協力:松波春奈

共催:協働実験プロジェクト「聾/聴の境界をきく」

主催:即興カフェ Yuko Sasama|Produce MomoSuzuki|Curate


雫境 (舞踏家) 

聾の舞踏家。東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。2016年映画『LISTENリッスン』共同監督、2018年小野寺修二作・演出『斜面』(nappos produce企画)出演ほか、分野の境界を越えた身体表現者として国内外で活躍中。また美術家/神津裕幸名義でも活動する。濃淡の間主宰。協働プロジェクト「聾/聴の境界をきく」メンバー。


鈴木モモ|作曲家/水嶋一江が考案した、絹糸と紙コップでできたオリジナル楽器ストリングラフィの演奏者。2002年からストリングラフィ奏者としてスタジオ・イブにて活動中。国内外の数多くの舞台に立つ。2011年からは新たな試みとしてStringraphyLabo主宰。国立音楽大学教育音楽学部第Ⅱ類卒業。即興カフェではキュレーションも担当する。http://stringraphylabo.com


ササマユウコ|音楽家。即興カフェ・プロデュース。3歳の時にピアノと出会う。上智大学文学部教育学科卒。企業文化事業や自治体とのダブルワークで1999年よりCD6作品を発表。2011年の東日本大震災を機に創作活動を一時休止。弘前大学大学院今田匡彦研究室でサウンドスケープ論(サウンド・エデュケーション)研究。2014年より「耳の哲学」実践拠点として芸術教育デザイン室CONNECT/コネクト代表。聾/聴の協働プロジェクト運営など。http://yukosasama.jimdo.com


手話通訳:

米内山陽子(劇作家・舞台手話通訳・劇団チタキヨ演出・脚本)

劇場外での公演や、聾/聴の境界を越えた舞台『残夏-1945-』の脚本でも注目の劇作家。CODAらしいネイティブな感覚の日本手話通訳には定評がある。協働プロジェクト「聾/聴をきく」メンバー。



◎このプロジェクトに関するお問合せは、以下までお願いいたします。

tegami.connect@gmail.com
(コネクト内「即興カフェ)



『即興カフェ』ワークショップ「ストリングラフィと紙のサウンド・エデュケーション』を開催しました。

コネクトの根幹にもある「サウンドスケープの哲学(耳の哲学)」を、身体を通して学ぶワークショップを開催しました。カナダの作曲家Mシェーファーと弘前大学今田匡彦教授との共著『音さがしの本~リトル・サウンド・エデュケーション』は日本の子どもたちに向けて書かれ、音楽教育を越えた生きるための全的教育テキストとしても広く読まれています。2011年から2013年まで今田研究室にて研究した代表のササマユウコは長年音楽家としても活動しており、サウンドスケープ論を「耳の哲学」と捉え直した実践拠点としてコネクトを2014年に設立した経緯があります。そしてコネクトと個人活動は区別をしてきましたが、活動5年目の今年からは根幹である音楽の視点から他分野とシンクロする場を積極的につくり、最終的にはひとつの活動に統合する予定でいます。
 この日は平日午後の突然の開催にも関わらず、音楽、美術、哲学、写真等、ジャンルを越えた人たちの集まりとなりました。ご参加頂いた皆様、ありがとうございました。

即興カフェではワークショップのほかに実験イベントも不定期で開催しています。1月には『音と言葉のある風景』と題して、笙奏者の石川高さん、『サウンド&レコーディング』の國崎編集人をゲストに開催しました。

次回は8月17日。協働プロジェクト「聾/聴の境界をきく」の応用編として、舞踏家・雫境さんをゲストに即興セッションと参加者を交えた対話の時間を設けます。どうぞお気軽にご参加ください。

◎詳細は『即興カフェ』専用FBページにて。http://www.facebook.com/improcafe/


女子美術大学版画研究室 Practical case interviews#01『アスビョルン・オレルド/吉田和貴』展

5月からCONNECT/コネクトにレジデンス中の沼下桂子さんが展示を企画しました。普段は見えにくい「アーティストと展示企画者の関係性」をインタビューの形式を取りながら展示に絡めていくという実験的な内容です。この展覧会は女子美術大学大学院版画研究領域「キュレーション」授業の関連事業として開催され、芸術大学の授業を公共施設にひらく試みでもあります。

 

会期:2018年6月12日(火)~6月30日(土)

会場:ユニコムプラザさがみはら エントランスロビー 無料

協力:女子美術大学版画研究室、芸術教育デザイン室CONNECT/コネクト

企画・コーディネート:沼下桂子

 

※詳細はFacebook イベントページをご参照ください。


協働プロジェクト「聾/聴の境界をきく」2017活動報告


現在、コネクトの特設ページでは協働プロジェクト「聾/聴の境界をきく~言語・非言語対話の可能性」2017の活動報告を連載しています。

①考察の前に(4.25)

②メンバーの考察(5.26)

 

次回は「参加者の声」をご紹介する予定です。どうぞご覧ください。